第48話 保健室②
「座って話すより、二人並んで寝ながら話そうか」
加奈は時雨の傍に寄って一緒のベッドに入る。
心臓の鼓動が高鳴っているのは明白で、加奈の手は時雨の胸に手を添える。
「ふふっ、時雨は王国で騎士だったのに、女性の扱いは苦手かしら?」
そんな事は士官学校の修士課程で習う筈もなく、それは転生後でも同じだった。
困っている者には手を差し伸べる。
女性経験が全くなかった時雨なりの騎士道であり、誇りでもあった。
「昔は冴えない騎士だったし、今はこんな姿だから……」
「香とはどうなの? あの子は時雨にゾッコンじゃないの」
加奈の言う通りなのだが、時雨にとって香は可愛らしい幼馴染の友達と言う認識だ。
不意に、香の家へ泊まりに行った時の事が脳裏に蘇り、彼女の本心が頭を過ぎる。
「香も加奈も私にとって、かけがえのない友達だよ」
「かけがえのない友達ね……響きはいいけど、香にとっては少し残酷な答えかもしれないわ。時雨が女同士を気にしているなら、そんな常識取っ払ってしまいなさいよ。自分の感性を否定して、時雨は男を恋愛対象にできる?」
「できないかな……私の頭の中は前世の男のままだし、できる事なら女性を抱きたいよ!」
時雨は本音を加奈にぶちまけると、頬から涙がつたっていた。
どうして前世の記憶が残っているのだろう。
家庭を育むのなら結婚して子供を養う未来になるのは必至だ。
恋愛対象にならない男性と関係を持つなら、あの晩に香を抱いて一線を越えた関係になった方がよかったのだろうか。
(そんな打算的な考えをするなんて最低だ……)
しょうがなく香を選んでいる自身に気付くと、それは香の気持ちを踏みにじっているのと変わらない。
中途半端に応えたところで、お互いを不幸にするだけだ。
加奈は時雨の涙を手で拭ってみせると、ベッドから起き上がる。
「時雨が誰を好きになろうと、外野はあーだこーだ言うかもしれない。勿論、好きになった相手が時雨を好きになってくれるとも限らないから、失恋するかもしれない。香は本気で時雨の事を好きでいてくれているし、前世でお姫様だった桐山先輩もそうよ。幼馴染やお姫様だった枠組を一度置いて、彼女達と向き合って見るのは良い機会かもしれないよ」
「うん……」
時雨は軽く頷くと、保健室の扉が開く音がした。
足音が近づいて来ると、カーテンが開けられて、そこにいたのは白衣に身を包んだ若い保健室の先生であった。
「あなた達、ここで何しているの?」
怪訝そうに二人を眺める保健室の先生が訊ねると、加奈は事情を説明する。
一応は納得してくれたみたいだが、生徒達の中に授業をサボるために保健室を休憩所代わりに使用する者もいるようで、どうやら時雨と加奈もそのように見られていたようだ。
保健室の先生は一枚のプリントを二人に渡すと、記録帳と書かれている。
「学年と名前をお願いね。書き終えたら、付き添いの君はもういいから授業に戻りなさい」
二人は記録帳に必要事項を書き込むと、時雨は一礼して加奈を預けて保健室を後にした。




