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第452話 暴挙

 嫌な空気が場を包み込み、洞穴の外から雨音と共に雷鳴が轟く。

 訳が分からず、時雨はどうしてこんな事になっているのか思考が追いつかない。


「私は旅芸人、そちらは道中に出会った各地を巡礼中の修道女(シスター)さ」


 理恵はにこやかに両手を上げながら、加奈に返答する。

 偽りの素性を述べる理恵に、時雨は一瞬焦りながらも見守るしかできなかった。


「それはまた随分と変わった組み合わせね。本当は私に懸けられた賞金が目当てなのだろう?」


「へぇ、お姉さんは賞金首なのかい。でも、ご覧の通り私達は武器もロクに所持していない旅芸人と修道女(シスター)。武器を持たない間抜けな賞金稼ぎなんていないでしょ」


 短刀を構えながら、加奈はあくまで二人を敵視する。

 時雨も理恵に倣って両手を上げて様子を窺うが、やはり時雨が知っている加奈とは別人のように見える。


「さあ、そんな物騒な物は収めて……」


 説得を試みる理恵の瞳を覗き込むように見つめる加奈は視線を時雨に移して同様に覗き込む。

 数十秒の沈黙が続き、打ちつける雨音だけが聞こえてくると、短刀を時雨目掛けて突き刺す。


「!?」


 反応が遅れて時雨は硬直したまま棒立ちだったが、どこも怪我はない。

 刺されたと思ったが、短刀が突き刺していたのは時雨の背後に忍び寄っていた毒蜘蛛であった。


「雨宿りが済んだら、さっさと下山するんだな。この辺は質の悪い山賊や魔物が徘徊しているからな」


 短刀を収めると、加奈は持参していた大きな袋から林檎を手にする。

 それを無言で時雨と理恵に向けて放り投げると、加奈は壁際に背を向けて座り目を閉じる。

 とりあえず、無駄な争いを避ける事はできた。

 最初は加奈の悪ふざけかと思ったが、あのダークエルフからは本当に時雨や理恵の事を知らない様子だった。


「ふう、どうにかこの場は収まりましたね。後はどうやって元の世界に戻るかですが」


「元の世界?」


「おや、気付いてなかったのですか? あの林檎が入っていた袋をよく見て下さい」


 理恵は袋を指差すと、微かに何か描かれているのが見えた。


(これは!)


 目を凝らしてよく見ると、時雨は口を開けて驚きを隠せなかった。

 描かれていたのは文字だ。

 文字は『避難用』と読み解けたが、時雨が驚いたのは文字の意味ではなかった。

 間違いない、この文字は前世で時雨が日常的に使っていたものだ。


「この『グラナレポート』を通じて言語の翻訳は瞬時にできますが、文字については反応しません。加奈に似たダークエルフもこのイヤホンが反応したので、おそらく、どこかの異世界の文字であるのは推測できました」


 理恵は耳元に小さなイヤホンのような物を手にすると、それで異世界の言語を理解し相手の言語に合わせて会話が可能とのことだ。

 そんなイヤホンのような物は付けていない時雨だが、おそらくミュースを含めた女神達には魔法の類かイヤホンより高度な代物が備わっているのだろう。

 便利なアイテムがあるのだなと時雨は感心していると、理恵は首を傾げながら時雨を観察する。


「えい!」


 何を思ったのか、理恵は時雨の胸元を触る暴挙に移り、時雨は思わず飛び跳ねて驚いた声を上げてしまう。


「うわっ!」


 洞穴内に時雨の声が響き渡ると、理恵は何かを確信したように突然笑い出す。


「ははっ、どうも様子が変だと思っていたけど、あんた時雨ね」


 時雨は胸元を押さえながら、小さく頷く事しかできなかった。

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