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第450話 誘う

「怪我はないか?」


 竹刀を軽く振り払い、キャスティルは尻餅をついた時雨に手を差し伸べる。


「はい、おかげさまで助かりました」


 両腕は多少痛むが、幸いにも大した怪我ではない。

 それより、地面に倒れている中年男性の方が重症だろう。


「……この暑さでおかしくなったんだろう。後の処理は私がやるから、さっさと帰れ」


 今までの経緯を考えれば、とても暑さが原因とは思えない。


「でも……」


 時雨は色々と追及したかったが、キャスティルがそれを許さない雰囲気だ。

 そうしている内に黒い塊が脇道からぬるっと現れると、あの黒猫だ。

 黒猫は何も言わず時雨の肩に乗り、左手の肉球を時雨の顔に当てながら何かを催促している。


「はよ帰れって言っている。私はこの周辺を調査しないといけないから、さあ、帰った帰った」


 黒猫の通訳をしながらキャスティルも雑に帰宅を促す。

 断ろうとすれば、黒猫が首を絞めて気絶させ強制的に帰宅させるぞとも言っているようで、時雨に選択肢はなかった。

 キャスティルが倒れている中年男性の胸倉を掴むと、豪快に宙へ投げ飛ばして見せる。

 すると、覆面を被った者が受け止めて身柄を拘束すると、キャスティルに一礼して姿を消した。


「ちょっと! どこ触ってるんですか」


 黒猫は時雨の胸を柔らかい手で叩くように触り出すと、猫特有の低い唸り声を上げながら帰るぞと催促しているように見える。


「わ……分かりましたから、大人しくして下さい」


 時雨はマンションに引き返しながら歩き出すと、大人しく肩に乗ったまま沈黙を保っている。

 白猫のミールと違い、気位と品性が高いこの黒猫はどうも距離感が掴み難い。


「さっきのあれは一体何なんですか?」


 時雨の問いに黒猫は答えず、代わりに尻尾を巧みに振って背中を押してくる。

 無駄口はいいから、早く帰れと言う事だろう。


「少しだけ買い物の寄り道をしたいのですが……」


 本当は買い物をするために軽い気持ちで出かけた筈が、大事になってしまった。

 時雨は遠慮がちに黒猫へお願いをしてみたが、返答は先程より強烈な尻尾の殴打しかなかった。

 仕方なく、時雨は足早にマンションまで戻って来ると、黒猫は肩から降りて部屋の扉の前に立つ。


「今、開けますからね」


 猛暑で早く涼みたいのと、黒猫にこれ以上どつかれたくないのもあって時雨が部屋の扉を開けようとした時、誰かに腕を掴まれて止められてしまった。


「えっ?」


 不意に腕を掴まれて驚きと共に、その正体は意外な人物だった。


「待って、開けない方がいいわ」


 忠告と共に扉から手を放すように厳しい眼差しを向ける理恵だった。

 予期せぬ来訪者に時雨は戸惑いながらも、黒猫は自前の脚力で跳躍して時雨と理恵の間に入り、器用に扉を開ける。


「あっ……」


 時雨と理恵は同時に声を漏らすと、まるで吸い込まれるように部屋へ二人を誘う。

 それを見送りながら黒猫は扉を閉じると、静かに扉の前で鎮座して欠伸を漏らした。

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