第45話 朝の挨拶
翌日、時雨は香と一緒に登校すると眠そうな眼を擦って心ここにあらずと言った感じだ。
「大丈夫?」
「ああ、昨日のプリントに苦戦してあまり寝られなかったよ」
香は生欠伸をしながら答えると、頑張り屋な彼女なりに宿題は終わらせる事ができたようだ。
髪もいつもと比べて手入れがされていないようで、寝癖が少々目立っている。
時雨は香の頭を軽く撫でると、労いの言葉を送った。
「よく頑張ったね。香はやればできる子だから、この調子で頑張っていこう」
「……ありがとう。先生より時雨に褒められると、自然とやる気が込み上げてくるよ」
「私でよければ、毎日香を褒めちぎってあげるよ。素直で可愛らしいお嬢さん」
「素直で可愛らしいお嬢さんって、何か無理矢理な感じだなぁ」
香は可笑しくなって笑うと、いつもの調子を取り戻していく。
校門前に差し掛かると、背後から自転車に乗った加奈が昨日と同じく颯爽と現れた。
「おはよう。今日は本妻と登校ですか」
「また馬鹿な事言って……」
時雨は呆れて言葉を失うと、隣にいる香は満更でもない顔付きになる。
三人は他愛無い会話をしながら、校門を潜ろうとすると、風紀の文字が描かれた腕章をぶら下げている紅葉が女生徒達に取り締まりを行っていた。
「スカートが校則で指定された長さより短いわ。それにメイクは校則で禁止されているから、次回から気を付けなさい」
注意された女生徒達は軽く頭を下げると、足早に校舎へ駈け込んで行く。
「げっ、今日は風紀委員が出張っているのか」
加奈は罰が悪そうに自転車から降りると、関わり合いたくない雰囲気だ。
本来は生活指導の先生が担当の仕事なのだが、週に二回ぐらいの割合で校門に立って女生徒達の風紀を取り締まっている。
どうやら、紅葉が生徒の手本になるように自ら率先して引き受けたそうだ。
「さっさと通り抜けちゃおう」
加奈は身を低くして他の女生徒達に紛れて目立たないようにする。
時雨と香も後に続いて校門を潜ろうとするが、紅葉は時雨を呼び止めた。
「ロイ……じゃなかった時雨か。おはよう」
「お……おはようございます」
一瞬、ロイドと前世の名前を読み上げようとしたが、紅葉は咳払いをして訂正する。
お互い、ぎこちない朝の挨拶を済ませると、紅葉は時雨の傍にいた加奈に気付いて注意を始める。
「君、前回も自転車で登校する時にヘルメットを着用してなかったわね」
「これは……その、急いでいたのでつい忘れちゃいました。ところで、さっきロイと言いかけましたが?」
「な……何でもないわ! 次回からは時間に余裕を持って行動しなさい」
「はーい」
加奈は紅葉と時雨のやり取りを見逃さず、予想通りの反応が返ってくると、不敵な笑みを浮かべる。
校舎に入って、香はトイレに寄ってから教室に向かうと言って時雨と加奈の二人っきりになるのを確認すると、加奈は先程の紅葉について訊ねた。
「あの口やかましい先輩も転生してるでしょ?」
「口やかましいって……私もそれを知ったのは昨日の事だよ」
時雨は観念して昨日の出来事を話すと、紅葉の正体を聞いて納得する。
「たしかに、規律を重んじるところは女騎士っぽいよね。女騎士って言ったら、魔物に囚われて辱めを受けて『くっ! 殺せ』って印象しかないわ」
前世の紅葉を知っているだけに、そんな状況は皆無と言えるだろう。
加奈の言う通り、ネットの創作作品等で見られる女騎士の印象は強気な性格、魔物や上官に逆らえない感じで世に出回っている事が多い。
「絶対にそんな事は本人に言っちゃ駄目だよ」
「分かってるって。でも、この学校にお姫様や騎士が二人も通っていたなんてねぇ。前世からの想い人が二人も現れるなんて、香も大変だわ」
加奈が想像しているような展開じゃないと否定しようとすると、丁度そこに香がトイレから戻ってきた。
「私の何が大変だって?」
「時雨はモテる女だから大変だなぁって話よ」
加奈は話を逸らすと、時雨と香の背中を押して教室へ向かった。




