第444話 テクニック
白猫のミールが念のため、加奈に今日はここに泊まって様子を見た方がいいと助言する。
確かに、また妙な怪異や悪霊の類に襲われる可能性はあるので、このまま帰宅させるのは少々不安だ。
「怪異も怖いけど、可愛い私を狼の時雨が夜になって理性を抑えられずに襲ってきたら怖いわぁ」
「そんな事は万が一にもないから、安心していいよ」
加奈は身を縮めて怖がる仕草をしながら、いつもの調子で時雨にツッコまれる。
加奈の減らず口は今に始まった事ではないので、真面目に付き合うだけ無駄なので適当にあしらうのが一番だ。
「時雨君、私がプリチーだからって襲っちゃダメニャ~」
「ミールさんのような神々しい女神様は畏れ多くて襲えません」
本当は猫で発情するような特殊性癖のケモナーではないと言いたいところだが、白猫のミールの傍には彼女を慕う厳格な黒猫様がいるのだ。
下手な事を言ったら、黒猫から強烈な罵倒と無情な猫パンチが飛んで来るのは安易に想像ができるので、時雨なりに言葉を選んだ。
その甲斐あってか、黒猫はこちらを睨んだままに留まっている。
時雨は黒猫に作り笑いを浮かべると、そっぽを向いて白猫のミールに視線を移している。
(やれやれ……)
すっかり嫌われてしまったなと時雨は頭を掻きながら参ってしまう。
そんな事はお構いなしに白猫のミールは軽快にジャンプして加奈の肩に乗ると、顔を摺り寄せてじゃれ合っている、
お転婆のような性格が共通している加奈と白猫のミールは、すっかり意気投合して話が弾んでいる。
「獲物を捕える時は眼力が重要ですよ。それで私の魅力に気付いた獲物は釘付けになってイチコロって寸法な訳です」
「ニャルほど、確かに一理あるニャ~」
モテるためのテクニックを伝授している加奈に白猫のミールは尻尾をフリフリさせて耳を貸している。
だが、そのテクニックを利用して成功した例は皆無なのが悲しい現実だ。
「早速、試してみるニャ~」
白猫のミールが呑気にそう言うと、テーブルの上に乗って香箱座りをする。
愛らしい猫の姿に見る者は確かに釘付けになってしまいそうだ。
時雨は軽く頭を撫でようとしたが、そりよりも早く黒猫が遮って二匹は見つめ合う。
そして、二匹が顔を擦り合わせて仲睦まじい姿を披露する。
「ふふっ……効果は抜群だニャ~」
身内同士はずるいですよと時雨はツッコミを入れようとしたが、それを咎めるのは野暮だろう。
それに黒猫の機嫌を損ねてしまうだろうし、実演した白猫のミール自身も満足しているので、そっとしておくのがいい。
「可愛らしいなぁ……よし、時雨も遠慮せず私に飛び込んでおいで」
加奈も白猫のミールを見倣って香箱座りを実演しようとして体を丸くする。
(何やってんだ、このダークエルフは……)
時雨は冷めた目で加奈と見つめ合ったが、あの二匹のような展開になる筈もなく、加奈のテクニックは見事に看破されるのであった。




