第442話 珍客②
「もう少し待っててくださいね」
時雨は料理をしながら黒猫に語りかける。
一瞬、野良猫が迷い込んだのかと思ったが、部屋の窓や扉は閉まっているし、食いしん坊で悪戯好きな女神なのは重々承知なので白猫のミールが黒猫に変身して時雨を驚かそうと現れたのだろう。
「よろしければ、こちらをお試しください」
時雨は冷蔵庫からケーキに盛り付けるイチゴを取り出すと、取り皿に分けて黒猫に差し出す。
陽気な声で「ありがとうニャ~」と返答が返って来るかと思ったが、黒猫は沈黙を保ったままでこちらをじっと睨んでいる。
(お気に召さなかったのかな?)
もしかしたら、時雨の雑な対応に内心怒っているのかもしれない。
創造神である事を時折忘れてしまいそうな時もあるので、それを見抜いたミールがご立腹であってもおかしくはない。
黒猫は取り皿のイチゴに手を伸ばすと、それを口に入れて味見をする。
鳴き声一つ出さずに表情も変わらないので、いまいち感情を読み取る事ができない。
まあ、そんな姿も可愛らしい猫として映っているので、時雨は黒猫の頭を軽く撫でて見せた。
すると、黒猫は素早くその巨体でジャンプして器用に時雨の肩に着地する。
ずっしりした重みが肩に圧し掛かると、次の瞬間、黒猫は思わぬ行動に出る。
「ちょっと……勘弁してください」
時雨の顔を目掛けて猫パンチを繰り出して来たのだ。
そして、残りの取り皿にあったイチゴを黒猫が掴んで時雨に無理矢理食べさせる。
まるで、提供されたイチゴが気に入らなかったのを訴えかけているように見える。
これには時雨も参ってしまい、勢い余って尻餅をついてしまった。
黒猫はテーブルの上で香箱座りをして時雨をじっと睨むと、少なくともこの黒猫がご立腹なのは理解できた。
時雨はお尻を手に当てながらゆっくり立ち上がり、黒猫の鋭い視線を気にしながらも料理の続きに取り掛かる。
茹でたそうめんを湯切りすると、それを大皿に移して薬味のネギやショウガを添える。
すると、今度は時雨を押し退けて、黒猫は大皿のそうめんに手を付け始める。
「行儀が悪いですよ」
時雨は行儀の悪い黒猫を抱き抱えると、モフモフ感の毛並みの中に丸みのある物に手を触れる。
「えっ? まさかこれは……」
一瞬、それが何なのか分からなかったが、すぐに答えを導き出せた。
前世で時雨が持ち合わせていた物であり、オス猫である証だった。
「君はミールさんじゃないのかい?」
時雨は黒猫と顔を合わせながら問いかけるが、黒猫は相変わらず睨んだままだ。
悪戯で変身している可能性も捨てきれず、時雨は黒猫を抱えたまま加奈と白猫のミールがいる部屋に戻る事にした。
「おっ、できたのかニャ?」
部屋には加奈の長耳にうどんを捏ねるようにフミフミしている白猫のミールがいた。
「時雨君! 君って奴はこの可愛い私がいながら、そんなオス猫をたぶらかして手玉に取るとはとんだ泥棒猫だニャ」
まさか、猫に泥棒猫呼ばわりされる日が来るとは思ってもいなかった。
「違いますよ。それより、この黒猫はミールさんの知り合いではないのですか?」
「その子は前に回転寿司屋で時雨君も会った事があるニャ」
「回転寿司……まさか、あのイケメンの人って言うか神様ですか?」
「ピンポンだニャ~」
以前、白猫のミールが回転寿司屋で食べ過ぎたおかげで手持ちのお金では足りなくて無銭飲食になりかけたことがあったが、あの時にお金を届けに来てくれた神様のようだ。
クイズに正解した時雨に抱えられた黒猫は素早く白猫のミールの元へ駆け寄ると、目を瞑って白猫のミールの頭をペロペロし始める。
「こらこら、くすぐったいニャ~」
傍から見れば可愛い二匹の猫がじゃれ合っているだけのように見えた。




