第440話 突然の来客は
読書感想文の本を読みながら、その横で小さな欠伸をする白猫のミールは退屈そうにしている。
時折、頭やお腹を撫でてご機嫌を取ったりすると、気持ちよさそうな顔をしてご満悦の様子だ。
(本物の猫ちゃんみたいだなぁ……)
触り心地は本物の猫と変わらないし、猫特有の可愛さもあって文句はない。
あるとしたら――。
「気持ちいいニャ~。時雨君は女の子をイカせる天才だニャ」
「またそんな語弊があるような言い方を……」
可愛い顔して、とんでもないことを口にしなければなと思う。
まあ、それが彼女らしいと言えばそれまでだが、彼女を補佐する女神等は苦労が絶えないだろう。
「もっと沢山触ってニャ~」
「はいはい、仰せのままに」
時雨は希望通り、頭から尻尾まで万遍なく撫でると白猫のミールは仰向けになって気持ちよさそうにする。
そんなことをしている内に、誰かがインターホンを押して訪ねて来た。
部屋の主人であるキャスティルは留守にしているので、私が代わって応対する。
白猫のミールも時雨の背中に乗って見守ると、どうやら来客の正体は加奈のようだ。
しかもダークエルフの姿でまた出歩いてここまでやって来たようで、時雨はすぐに部屋の扉を開けると、加奈は普段の彼女とは違う険しい表情を覗かせている。
「加奈、どうしたの?」
時雨はいつものように話しかけると、また何かやらかしたのかと想像してしまう。
夏休みの宿題は先日ここで一緒にやっていたので、進捗が遅れていることは流石にないだろう。
金銭的な面でも、海の家でアルバイトをしたばかりで給金はそれなりにもらっている筈だ。
経験上、加奈の場合こういう状況は大抵ロクな事ではない。
ソシャゲに課金して無駄遣いをしてしまったとかなら、自業自得なのでこのままお引き取り願おうと思う。
「ちょっと相談したい事があるの。キャスティルさんはここにいる?」
「今朝方に出かけて行ったよ」
これは意外だった。
てっきり、時雨に会いに来て愚痴や無茶ぶりなお願いをされるのかと思っていたが、キャスティルを頼ってここへ訪れたのは何だろうか。
「夏休みの宿題を減らしてくれとかってお願いなら無理だと思うよ」
加奈がキャスティルを訪ねた理由を考えてみたが、これぐらいしか思い付かなかった。
まあ、こんなお願いをしたところで火に油を注いで逆鱗に触れて、逆に宿題が増える未来しかないだろう。
「そんなんじゃないわ……」
「えっ? それじゃあ、一体」
加奈は先程より辛そうな顔になり、どこか苦しそうだ。
もしかして、熱中症かもしれないと時雨は加奈の額に手を当てると、やはり熱がある。
すぐに涼しいベッドの部屋まで運ぶと、加奈を寝かせて台所から濡れタオルと冷たい飲料水を用意する。
「ちょっと待つニャ。加奈君は熱中症じゃないみたいだニャ」
「熱中症じゃない?」
白猫のミールは私の肩から降りると、加奈の手を握って診断する。
質の悪い夏風邪とかなら安静に寝かせておいた方がいいが、どうやら白猫のミールの診断結果は違うようだ。
「悪霊……いや、これは怪異の類ニャ」
「まさか、そんなものが加奈に憑いているのですか!」
「ダークエルフは占星術や呪術的な分野が得意な種族だから、多分うっかりとやばい儀式で手に負えないのを降臨させてしまったかもニャ」
どうしてそんなことになったのかと時雨は心配しながら、加奈の手をしっかりと握る。
加奈の性格を察して、私を驚かそうと悪戯目的でこんな真似をしたのかと脳裏を過ぎる。
もしかしたら、怪異を祓うために加奈はキャスティルを訪ねたのかもしれない。
「ミールさん、加奈をどうか助けてあげてください! きっと、軽はずみで悪戯感覚のつもりでこんなことになったのかもしれませんが、加奈は私の大切な親友なんです」
時雨は誠意を込めて、白猫のミールに懇願する。
時雨に怪異を祓う力はないし、この場でそれができそうなのは白猫のミールだけだ。
「時雨君はやっぱり優しい子だニャ~。でも、加奈君はどうやら時雨君が想像しているような悪戯目的で怪異に憑かれた訳じゃないみたいだニャ」
「どういうことです?」
「加奈君の記憶を辿ってみたところ、偶然、近所に住んでいる子供が怪異に憑かれているのを発見して、加奈君はそれを祓おうとしたようだニャ。ところが、祓うどころか自身に憑いてしまったようで、キャスティルを頼ってここまで来たようだニャ」
「そうだったんですか……」
子供を助けるためにそんなことをしたとは露知らず、親友に対してとんでもない誤解をしていたようだ。
「本来、キャスティルはこの手の物理が効かない相手はあまり得意ではないけど、ここはお姉さんに任せるニャ」
早速、白猫のミールは祓うための準備を始めると、時雨は後ろに下がってじっと見守る。
本職の女神で、しかも最高位の創造神である白猫のミールなら、きっと大丈夫だろう。
天に祈る気持ちで祓うための儀式が始まると、白猫のミールは意識を集中させて右手の肉球で加奈の額を押し当てる。
すると、額からどす黒い瘴気のような煙が溢れ出して天井を覆い隠すように黒く染まる。
煙の一部は鋭いドリルのような形状に姿を変えると、白猫のミール目掛けて振り下ろされる。
だが、煙のドリルは白猫のミールを貫くどころか綺麗に浄化されて消し飛んでしまった。
煙は唸り声を上げながら、続けて何やら怒気を強めて恨み節のようなことを叫んでいる。
それに対して、白猫のミールは簡単に答えて見せる。
「可愛い猫ちゃんですニャ。よろしくおねがいしますニャ」
収容違反かなと野暮なツッコミを入れようとしたが、白猫のミールは自己紹介を終えると口を大きく開けて部屋中の煙を吸い込み始めた。
それはまるでバキュームカーのような勢いで、煙は数分も経たない内に白猫のミールの口へ消えて行ってしまった。




