第439話 欲張りセット
しばらくして、キャスティルはスーツ姿に身を包み、用事を片付けて来ると言い残してどこかへ出かけて行った。
「動物虐待だニャ~。時雨君、そうは思わニャいかい?」
白猫のミールは不満そうにお菓子を頬張りながら、時雨に同意を求めて来る。
「あまり怒らせるようなことをしちゃ駄目ですよ」
「どっちかって言うと、部下を和ませて笑顔にさせる上司の鑑だと自負しているのにニャ~」
白猫のミールは呑気に自己評価するが、キャスティル本人は上司から理不尽にパワハラを受けている感覚だろう。
「まあ……個人の受け止め方は色々ありますし、和ませるのも程々にした方がいいですよ」
「そうかい? これでも少しは配慮しているんだけどニャ~」
あれで配慮しているのかと思わず口に出しそうになったが、気苦労が絶えないなと他人事ながら時雨はキャスティルに同情する。
「手の掛かる子達が多くて大変だニャ。でも、そんな子達でも私は我が子のように可愛いと思えて仕方ないんだニャ」
尻尾をフリフリさせながら白猫のミールは窓から遠くを見つめながら語る。
悪態や罵倒されながらも、何だかんだ言って上手く付き合っているキャスティルとミールには私が知り得ない信頼できる絆のようなものがあるのだろう。
「ミールさんは優しいんですね。キャスティルさんが今の言葉を聞いたら喜ぶと思いますよ」
「ふふ……そういえば昔、似たような事を本人に伝えたら嫌悪感丸出しで気味が悪いと言われたニャ」
「それは多分、照れ臭かったんですよ」
キャスティルの性格からして、その場面が何となく想像できてしまう。
微笑ましい関係が垣間見えたと思ったら、そんな事はなかった。
「時雨君もそう思うかニャ。そんな可愛らしい反応をするから、私はキャスティルにキスをしてしまったニャ」
「えっ?」
時雨は開いた口が塞がらなかった。
(どうしてそんな選択肢が生まれるんだ……)
女神だから常人とは違う思考回路なのか。
それともミールが特別なのか。
どちらにしても、キャスティルは面喰ったことだろう。
おそらく、ミールからすれば挨拶代わりの悪戯程度にしか思っていないのだろうが、キャスティルの視点からすればパワハラとセクハラの欲張りセットをもらったようなものだろう。
「その時のキャスティルは時雨君の言う通り照れ臭そうに私を払い除けて、ヘッドロックを私にかましてきたニャ~」
「それはガチで殺しにかかったのでは?」
「殺したい程、嬉しかったんだと思うニャ~。時雨君が貸してくれた漫画にも登場したヒロインの……怒っているようで素直になれない子を何て言ったかニャ?」
「ツンデレですか」
「そう! それニャ~。キャスティルはツンデレさんだニャ」
クイズに正解したと思っている白猫のミールだが、本人が聞いていたらブチギレ案件だろう。
「そんなことばかりしていたら、キャスティルさんは病んでしまいますよ」
「それはヤンデレって事かニャ?」
「多分、デレはないと思いますよ」
「ニャハハ、時雨君は面白い冗談を言うニャ~」
これは改善の余地なしだなと時雨は悟ると、白猫のミールは時雨の肩に飛び乗って見せる。
「そんな時雨君にもプレゼントしてあげるニャ~」
白猫のミールは嬉しそうに時雨の唇へ躊躇なくキスをする。
まさか、猫からキスをされるとは思わなかった。
残念ながら、時雨は生粋のケモナーではないので特別な感情は湧き上がらなかった。
(苦労が絶えないなぁ……)
キャスティルが毛嫌いするのを理解しつつ、時雨も白猫のミールからパワハラとセクハラの欲張りセットを貰い受けた。




