第436話 ベッドイン
リビングのソファーでヘッドホンから流れる音楽に気持ちを落ち着かせている横で、白猫のミールは時雨が暇潰し用に購入した漫画を小さな猫の手でページを捲りながら楽しんでいる。
「時雨君! これを見るニャ~」
時雨の顔に肉球のプニプニ感が伝わり、幸せな心地が脳裏を過ぎる。
時雨はヘッドホンを外して対応に当たると、白猫のミールは漫画の一場面を興奮気味になって見せ付ける。
「どうしましたか?」
「この漫画に登場する運命の女神は創造神に愛の告白をするんだニャ~」
時雨は目を細くしてその場面を確認すると、確かに愛の告白をしている。
運命の女神が今まで内に秘めていた想いを伝える大事な場面であるのだが、白猫のミールは自身に告白されたような想いで喜びに耽っている。
「Oh……」
よくドラマ等のテロップで『この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません』と流れたりするが、この漫画もその例に当て嵌まる。
漫画に登場する運命の女神は実物に比べて物腰が柔らかく、どちらかと言うとミュースに近いような印象を受ける。
創造神に至っては悪戯好きな性格の持ち主で実在とあまり印象は変わらない様子だ。
これには時雨も現実と理想のギャップに言葉が詰まってしまった。
「それは……良かったですね」
良い気分に浸っているミールにこれはフィクションですからと野暮な事を告げるのも気が引けてしまう。
白猫のミールはその後も告白した場面のページを捲っていき、最後は二人でベッドインするところで次巻へ続く流れとなった。
「本人にも見せてあげるニャ~」
「あっ! それは止めた方がいいです」
時雨の忠告も虚しく猫の脚力を活かして素早い動きで、白猫のミールは書斎で仕事をしているキャスティルにも見せ付けようとする。
微笑ましい空気になる筈もなく、キャスティルの第一声が書斎から響いて来た。
「さっさと出ていけ!」
無造作に片手で摘まみ上げられた白猫のミールは廊下に追い出されると、ベッドインどころではなかった。
「フラれたニャ~」
当然の結果と思えるが、現実は無常である。
「しょうがないから、時雨君とベッドインするニャ~」
標的を時雨に変更した白猫のミールは時雨の肩に乗って、尻尾を振りながら布団が敷いてある部屋へ催促する。
「それは遠慮しておきますね」
時雨は白猫のミールの誘いを丁重に断ると、そのかわりに頭とお腹を優しく撫でて飴玉を舐めさせてご機嫌を窺った。




