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第434話 帰還

 時雨はタクシーを捕まえて、子供を近くの病院まで運んだ。

 ミールが適切な手当てしてくれたおかげで、幸いにも命に別状はないが程なくして検査入院が決まった。

 入院に必要な手続きをするために、受付で書類を受け取ろうとした時だった。


「どうも。後はこちらで引き受けますので、女神様は車へどうぞ」


 時雨に話しかけて来たのは、聞き覚えのある少年の声だ。

 白衣姿で少年の姿をした彼はアメリカの研究者でカフラートだ。

 部下を病院に一人残して、カフラートは時雨を外で待機させている車まで案内する。

 乗り込んでいいものか時雨の肩に乗っている白猫のミールに目を合わせると、「ニャ~」と気の抜けた返事しか返って来なかった。

 何となくだが、お言葉に甘えるニャ~と言っているような気がした。

 時雨は後部座席に乗り込むと、カフラートも続いて後部座席に乗り込んで並んで座る事になった。


「例の車の持ち主ですが、身柄はCIAに引き渡す事が決定しました」


「それって……どういう事ですか?」


「我々の調査の結果、財団の残党かそれに繋がりのある組織の人間である可能性はないと判断しました。通常はそこで解放するつもりでしたが、どうやらCIAが前々からマークして追跡していた組織の人間だったようで、身柄引き渡しを要求して来たのです」


「では、あの子供もCIAに身柄を移されるのですか?」


「いえ、子供は児童養護施設に移します。肝心なのは父親の方ですからね」


「そうですか……」


 時雨にとって、やるせない複雑な心境であった。

 車に放置されていた子供を救出し、命を救った。

 だが、保護者である父親はCIAに身柄を引き渡された挙句、子供は児童養護施設に移される結果になった。

 子供の未来を考えたら、時雨の起こした行動は余計な事だったのではと頭に過ぎった。


「ニャ~」


 白猫のミールは優しく時雨の頭に手を添える。

 君の選択した行動は間違っていないよと宥めているように思えた。


「おっと、赤髪の女神様からラブコールのようだ」


 カフラートは冗談を交えながら懐からスマホを取り出すと、電話の相手はキャスティルのようだ。

 彼女の大きな声が電話から漏れ始めると、『さっさと戻って来い!』とハッキリ目的を伝えて電話は切られた。

 車はキャスティルのマンション前に到着すると、時雨はカフラートにお礼を述べる。


「色々とお手数おかけしてすみませんでした」


「いえいえ、女神様達のおかげで我々も良い刺激になっていますよ。今度、時間が空いたらディナーでもどうでしょう?」


「前向きに考えておきます」


「ははっ、楽しみが一つ増えましたね。あまり油を売っていると、赤髪の女神様に怒られそうなのでこれで失礼しますね」


 カフラートは車窓から満面の笑みを覗かせながら、時雨達と別れた。

 キャスティルが待ち受けているであろう部屋まで向かうのは少々億劫な気持ちであった。


「胸を張って帰るニャ~」


「ええ、そうですね」


 白猫のミールが率先して時雨の前を歩き始めると、時雨はその後に続いた。

 キャスティルの部屋の前まで辿り着いた時雨は扉を開けると、白猫のミールが開口一番で元気な声を上げた。


「ニャハハ、創造神ミール様のご帰還ニャ~」


 創造神の帰還に出迎えたのは明らかに苛立ちを覚えている一人の女神が立ち塞がっていた。

 無言で白猫のミールの首根っこを掴んで雑に扱うキャスティルはそのまま書斎に連れ込んだ。

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