第428話 百合婚
「……分かりました。時雨の事をよろしくお願いします」
凛はそっと白猫のミールを抱いて時雨に手渡すと、軽く頭を下げて納得してくれたようだ。
「時雨の誕生日には良い品を用意するわ。期待して待っててね」
「ええ、楽しみにしてますよ」
笑顔で振り向く凛に時雨は自身の誕生日を祝ってくれる事に対して心から喜びを覚える。
凛は時計を確認すると、約束の時間が迫っているようで大通りへ移動してタクシーを拾おうとする。
程なくして空車のタクシーを捕まえると、凛は思い出したかのように声を上げる。
「ああ、そうだ。私の誕生日は来月だから、時雨からのプレゼントを期待してもいいかしら?」
「それは初耳ですね。私もとっておきの誕生日プレゼントをご用意しましょう」
「ふふっ、期待して待ってるわ」
二人がそんなやり取りを交わすと、凛を乗せてタクシーは発進する。
時雨はタクシーが見えなくなるまで見送り、互いの誕生日を祝う約束がなされた。
「凛君の誕生日プレゼントは何にするニャ?」
「あまり高価な品物は無理ですが、凛先輩が喜びそうな物を当たって見るつもりです」
時雨の肩に乗る白猫のミールは凛の誕生日プレゼントについて何にするか訊ねて来る。
前世は一国のお姫様であり、今は女子生徒に慕われるお嬢様。
それに見合う誕生日プレゼントを選び抜くのは至難の業だ。
「サプライズ的な意味合いで婚姻届けでもプレゼントしたらどうニャ? 時雨君自身がプレゼントになるのも悪くないかもニャ~」
「誕生日プレゼントに婚姻届けを渡す人なんて聞いた事ありませんよ。それに一応、私は女ですから……」
「女同士の百合婚もいいもんだニャ~」
ミールがそれとなく誕生日プレゼントを提案するが、普通に却下だ。
お互い学生の身でありながら、時雨と凛は女性同士。
結婚となると、ハードルはかなり高いだろう。
「ちなみにシェーナ君は既婚者ニャ。お相手は暗黒騎士だった女性で身近に前例はあるニャ」
シェーナには異世界で一緒に暮らしている女性がいるのは本人の口から語ってくれたので承知している。
シェーナの異世界とこの世界では文化や生活環境も異なるだろうし、同じ物差しで測る事はできないだろう。
「凛君の他にも、香君や加奈君も好感触な感じニャ。時雨君の人生はまだまだ長いから、大切な相手を選び抜くといいニャ」
「女神様のお言葉として受け止めたいところですが、加奈は絶対ないですよ」
凛や香はともかく、加奈にその気はないように時雨は思える。
ダークエルフに姿を変えている時にキスを迫られて唇を奪われたが、それはあくまで食事の一環である。
時雨に惚れてキスをした訳では決してない。
「好きな子に悪戯するって心理状況はよくあるものニャ。加奈君の場合、時雨君の反応を見て自分への好意を探っているように見えるニャ」
「加奈は単純に悪戯好きな女の子ですよ。色々とトラブルを持ち込んでくる困った奴です」
深い意味はないと時雨はきっぱり断言する。
「やれやれだニャ~」
ミールもそれ以上は言及する事もなく、時雨の肩に乗ったまま深く溜息をついた。




