第427話 デリケートな問題
「凛君の怒りはごもっともだよ。色々と迷惑をかけてすまない」
白猫のミールが時雨の肩から地面に着地して深々と頭を下げる。
これまで、ミールを含めた女神達が時雨達のために尽くしてくれているのは凛も本当は承知している。
ミールを責めたところで状況が変わる筈もなく、凛はミールから視線を逸らす。
「実験の成功次第では前世の記憶だけを消して人生を歩めるよ。完全に保護対象から外れる事はないけどね」
「それは……私は嫌です。前世の記憶がなくなれば、今までの時雨との関係まで消えてしまうかもしれない。身勝手な言い分なのは分かっています」
凛が時雨との繋がりを大切にしている事はハッキリと伝わって来る。
時雨も凛や他の者達との繋がりは失いたくないし、前世の記憶を失う事により全て白紙になってしまう恐怖感があった。
本来、前世の記憶を所持したまま転生するのは異例中の異例なのだ。
転生過程で断片的な記憶の所持者もいるのだが、その程度なら時間の経過で放置して問題ないらしい。
悪質なのが邪法に手を染めて、女神の転生過程から逃れるパターン。
それを取り締まっていたのはキャスティルだったが、色々と問題を起こして現在の処遇に収まっている。
「辛い想いをさせてすまないね。前世の記憶を消すかどうかは検討する時間も考慮して当分先だと思うよ」
「すぐには実行に移さないんですね」
時雨は声に出して安堵すると、凛も同じ気持ちだ。
「魂の扱いはデリケートな問題だからね。五十年後ぐらいには明確な返答ができると思うよ」
一、二年後ぐらいを想像していた時雨と凛であったが、五十年後とは遥かに長かった。
明確な返答ができる頃には時雨達が初老を迎えている計算だ。
日本の平均寿命は八十歳前後なので、人生の後半に差し掛かって前世の記憶を消されるなら現状維持が望ましいかもしれない。
「まあ、すぐにどうにかなる訳じゃないよ。今回の入れ替わりは実験的な意味合いが強いけど、全ては君達のためだ。それは理解してほしいニャ~」
ミールは語尾にニャ~を強調して凛の肩に乗って見せると、彼女に頬擦りをする。
時雨達の件を解決するために尽力しているのを再確認できた。




