第422話 誕生日
「いらっしゃいませ」
喫茶店の女神が厨房から姿を見せると、白猫のミールが時雨の肩に乗っているのを確認して、粗相がないように畏まって時雨達を出迎える。
「こちらの席へどうぞ」
喫茶店の女神に案内されたのは最奥のテーブル席。
今日は珍しくサラリーマン風の客が二人、窓際の席に向かい合って話し込んでいる。
「凛様はブラックのアイスコーヒーで、しぐ……ミュースはオレンジジュースで、白猫様は特製かき氷をご用意致します」
時雨達のデータを把握済みである喫茶店の女神は瞬時に好みを選び抜いて見せる。
入れ替わっている件は他言無用とミールから口止めされているので、危うく時雨の名前を呟いてしまうところだった。
喫茶店の女神が厨房へ姿を消すと、凛と時雨は向かい合いながら早速本題へ入る。
「実は……相談と言うのは時雨の事について、意見を聞きたいのです」
凛は改まって口にしたのは予想もしていなかった展開であった。
「時雨さんの……ですか」
時雨は神妙な気持ちになって自分の名前を呟く。
相談されるような事は何もしていない筈だが、不安が重く圧し掛かる。
時雨の肩に乗っていた白猫のミールは空気を読んで、器用にカウンター席へジャンプして二人を遠目から見守る。
「ニャ~」
白猫のミールは気の抜けた声で鳴くと、何となくだが時雨に頑張れと鼓舞しているように聞こえた。
(よし……)
ミールのおかげで時雨は凛の相談事に向き合う覚悟を決める。
「ええ、加奈さんから窺ったのですが来週は時雨の誕生日らしいのですが、彼の……いえ、彼女の喜ぶようなプレゼントをしたいのです」
凛は恥ずかしそうに相談事を打ち明ける。
それと同時に時雨もポカンとしてしまい、眼が泳いでどんな表情を浮かべればいいのか分からなくなってしまう。
そういえば、誕生日が来週だったのを時雨はすっかり忘れていた。
小さい頃は両親がケーキにロウソクを立てて誕生日を祝ってくれたが、ここ近年はお祝いの言葉を送ってくれるぐらいだ。
「ミュースさんは時雨に何をプレゼントしたら喜ぶと思いますか?」
真剣な眼差しで凛が訊ねると、時雨は我に返って素直に答えて見せた。
「プレゼントは何でもいいと思いますよ。プレゼントよりも、お祝いをしてくれるその気持ちが大切ですからね」
時雨はプレゼントよりも自分の誕生日を祝ってくれる凛の気持ちが嬉しかった。
こんな形で凛からサプライズを聞かされるとは思わなかったが、来週の誕生日は楽しみが一つ増えた訳だ。
凛は腕を組みながら、納得して頷く。
「なるほど……女子高生が喜びそうなコスメ用品や人気ブランドファッションも考えていたのですが、時雨は前世が男だった時の記憶が色濃く残っている。加奈さんからもアドバイスを貰ったのですが、年頃の男子が喜ぶ物と言えばアレらしいのです」
「アレとは?」
「……エッチな品物です」
「それは却下して下さい」
あのダークエルフは本当にロクでもない事しか言わないなと時雨は頭が痛くなってしまう。
今度会ったら、文句の一つでも言っておこう。




