第42話 女騎士との再会
時雨は真っ直ぐ帰宅すると、母親が台所で夕飯の仕度をしていた。
「ただいま」
今日はパートが休みで朝から家事をこなしていた母親は時雨の帰りを待ち侘びていた。
柚子も先程帰って来たようで、風呂場から鼻歌が聞こえくる。
時雨は部屋に鞄を置いて私服に着替えると、台所で母親の手伝いを買って出る。
前世では親孝行らしい事はできずに死んでしまったが、この世界ではせめて悔いのない時間を家族と過ごしたい。
「取り皿とか並べるね」
料理自体はもう出来上がっていたので、時雨はテーブルを軽く拭いて取り皿や料理を並べていく。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴ると、夕刻が過ぎた時間に誰だろうか。
時雨は宅配便かと思って訪ねて来た人物を確認すると、インターホンのカメラに映っていたのは時雨と同じ制服を着た女子生徒だった。
(誰だろう……)
少なくとも、時雨に見覚えはなかった。
時雨は玄関先に出向いて対応すると、女子生徒は腕組みをして時雨を待ち構えていた。
「あの……どちら様ですか?」
「君が凛と最近つるんでいる子ね」
時雨の問いには答えず、凛を呼び捨てにする彼女は不機嫌な様子だ。
背丈は凛と同じぐらいで白銀の長髪を赤いリボンでポニーテールに纏めて、蒼い瞳の彼女は時雨を睨む。
「君が何のつもりで凛と一緒にいるかは知らないけど、次の公式大会に備えないといけないの」
よく見ると、鞄の他に何か袋のような物を肩掛けにしている。
(ああ、剣道部の先輩か)
凛が剣道部に所属している事を思い出すと、彼女が腰掛けにしているのは竹刀袋だと認識する。
剣道部には凛の他にもう一人、双璧をなす生徒が一人いる。
凛は人柄も良く、生徒達からの人望は厚いと評判であるが、もう一人の人物は剣道部と風紀委員を兼任して、容赦なく風紀を取り締まる姿は鬼のようだと噂されている。
名前はたしか、如月紅葉と記憶している。
「剣道部の如月先輩……ですよね?」
「ええ、そうよ。今日ここへ来たのは、才能ある凛の邪魔をしないでもらいたいとお願いに来たのよ」
面と向かって邪魔とは手厳しいなと時雨は思う。
たしかに、凛の試合を一度応援に行ったことはあるので、お世辞を抜きにして才能はあると評価している。
鍛え上げれば、名のある剣士として道が開けるかもしれなかったが、それは前世の世界観の話だ。
転生後の世界では魔物もいなければ、科学が発展した武器でありふれている。
剣だけで食っていくには厳しいと言わざるを得ない。
「あの子は伸びしろのある素晴らしい素質の持ち主よ。だから、凛とは距離を置いてちょうだい」
「私と一緒にいたら、凛先輩の剣が鈍ると?」
「そう言ったつもりよ。あなたのような華奢な女の子には縁がない世界なのよ」
凛が剣を極めるなら、時雨は見守るつもりでいる。
でも、凛は自責の念に駆られて時雨のために剣を振るってきた。
「凛先輩がそれを本当に望むなら、私は喜んで身を引きます。ですが、誰かに指図されて無理矢理引き離されるのは不快です」
時雨ははっきりと主張して、紅葉を牽制する。
「私をあまり怒らせないで」
紅葉は竹刀袋から竹刀を取り出すと、時雨に向けて威嚇する。
時雨は棒立ちになって真っ直ぐ紅葉と視線を合わせる。
「……妙ね。普通、身を引いたり防御したりするものよ。怖くて動けなかったのかしら?」
「剣の軌道から、当てる気がなかったのは分かりましたからね」
剣を振るう技量は失ったが、眼力は前世と変わらず健在だ。
紅葉も凛に負けず劣らずの腕前の実力者であり、二人なら切磋琢磨する良いライバル関係になれるだろう。
紅葉は竹刀を下ろすと、竹刀袋に戻して時雨に背を向ける。
「……邪魔したわ」
「待って下さい」
紅葉は立ち去ろうとする彼女を引き止めようと、時雨は肩に手を掛ける。
すると、以前に凛とぶつかって手を差し伸べられた時の不思議な感覚が再び蘇る。
前世の士官学校時代に女騎士から剣術の指南をされた日々が鮮明に脳裏を駆け巡る。
それは紅葉も同じようで、二人は狼狽した顔でお互いに前世の名前を告げる。
「あなた……士官学校にいたロイド君」
「まさか、リュール殿なのですか」




