第417話 着信
「猫の姿もいいですが、キャスティルさんにバレてしまいましたし、元の姿に戻りませんか?」
「この姿だと、皆がちやほやしてくれるからお気に入りなんだけどニャ~。うっかり魔法を解いてしまうような真似はしないニャ」
白猫の姿はモフモフして可愛いのだが、やはり人前で魔法を解いてしまうようなハプニングは避けたいところだ。
本人は戻る気がないようで、相変わらず指定席である時雨の肩に乗って陽気な返事をして見せる。
(やれやれ……)
時雨は諦めるようにして受け入れると、丁度視聴していたアニメが終わったところだ。
先程、家主であるキャスティルからはさっさと寝ろと釘も刺されていたので、リビングのテレビや照明を消して時雨達は足早に寝床の部屋へと移動する。
時雨とシェーナは布団を敷き始めると、ミュースのスマホに着信が入る。
(誰だろう?)
着信の相手を確認すると、どうやら加奈のようだ。
「もしもし、どうしたの?」
時雨は一旦、廊下へ移って電話に出る。
こんな時間に電話をするぐらいだから、何かあったのだろうか。
「おっ、やっぱり起きてたのね」
「これから布団を敷いて寝るところだったけどね」
「そうなんだ。いやぁ、ミュースさんの色っぽい声で時雨の喋り方をするのはとても新鮮で良いわねぇ」
時雨は簡単に今の状況を説明すると、加奈は感嘆の声を上げる。
「まさか、私の声を聞くためだけに電話してきたの?」
「こんな機会は中々ないからね。今日一日、ミュースさんになった感想を聞いて見たかったのよ」
他人と入れ替わるなんて現実的には在り得ない現象なので、好奇心旺盛な加奈が興味を示すのはごく自然な事だ。
時雨はとりあえず簡単に返答をする。
「感想って……別に何もないよ」
「そんな事ないでしょ。品のある美人な女神のミュースさんの身体をお風呂に入って一人でムフフな展開を楽しんでいたりとかしている筈よ」
「なっ! そんな真似する訳ないよ」
加奈が想像するような展開は勿論ないし、時雨はきっぱりと否定する。
たしかに鏡に映るミュースの姿は普段の鏑木時雨の時と比べて色っぽい。
時雨の性格が堅物ではなかったら、誘惑に負けて加奈の話す展開になっていたかもしれない。
「慌てているところが逆に怪しいのよね」
「もう電話を切るよ。それと、キャスティルさんが正体に気付いたからミールさんの褒美はないよ」
「ええ! 一日目でバレるなんて嘘でしょ」
感嘆した声から一転して、加奈は信じられないと言わんばかりの落胆した声になる。
当然、キャスティルに正体をバレたのでミールからの報酬はない。
「魔剣は諦めるんだね」
「いや、そんな物騒な物は最初からいらないし。くそ……身長と胸を大きくしてもらおうかと思ってたのになぁ」
ミールの報酬について真面目に検討していた加奈は悔しそうな声が漏れ出す。
普段の宿題等もこれぐらい真面目に取り組んで欲しいところだ。
時雨も同時にミールの報酬については権利を失ったので残念ではあるが、致し方ない。
「ちなみに時雨は報酬に何を望んでいたの?」
「まだ何も考えていなかったよ」
「もう、時雨がそんな調子だから正体を見破られるのよ。億万長者にしてくれとか、永遠の命をこの手にとか色々あるでしょうに」
時雨なりに見破られないよう精一杯努めたが、結局キャスティルの目を誤魔化す事はできなかった。
加奈の言う通り、報酬に対して意欲がなかったのは事実であったが、ミュースの特別賞与の機会を奪ってしまったのは申し訳なく思っている。
「そんな如何にも悪役みたいな願いを私がする訳ないよ」
「腹黒いムッツリな時雨ならあるかもよぉ。あっ、一週間が経過して元に戻るのを拒んでそのままミュースさんの身体でいさせてくれとかさ」
「騎士道に反する事はしないよ。愚痴ったところで報酬はもうないから、そろそろ電話を切らせてもらうよ」
どうしてこうも悪役がやりそうな事をバンバン思い付くのか。
加奈の冗談に付き合いきれなくなった時雨は電話を切って寝床の部屋に戻ろうとした時、スマホに一通のメールが届いた。
『ふふっ、お休みなさい』
メールの主は加奈からだ。
『夜更かししないで早く寝るんだよ』
言いたい事を散々述べて発散した加奈に時雨もすぐに返信して部屋に戻った。




