第413話 ピロートークと洒落込む
鏡面に映るミュースの姿をした時雨の背後にはキャスティルに変身したミールがいる。
「背中はこんなものかな。今度は正面のおっぱいも洗ってあげる」
「そこは自分でやりますから!」
時雨は反射的に身を丸くしてミールの申し出を拒否する。
女神が気軽におっぱいなんて単語を口にするのは品格がないと時雨は思う。
「そっか。じゃあ、私の身体を隅々まで洗って欲しいなぁ」
いつの間にかミールの声が変化している。
時雨の背中に恥じらう様子もなくミールは直接抱き付いて見せる。
「その声は……凛先輩!」
「正解だよ。どうだい? 私の変身魔法はなかなかだろう」
時雨は鏡面を覗き込むと、今度はキャスティルから凛に変身したミールがそこにいる。
相変わらず、姿形や声は本人と見分けが全くつかない。
時間を停止させたり、本人と変わらない変身魔法の完成度は恐れ入るが、子供のようにはしゃいでいる姿を見ていると、どうも調子が狂ってしまう。
「時雨君が希望する女性に変身してあげてもいいよ。さあ、遠慮なく言ってみたまえ」
密着しながら上機嫌に好みの女性に変身すると申し出るミールに時雨は勢いよく逃げるようにして風呂場を後にする。
「あらら、逃げちゃったニャ~」
風呂場に一人取り残されたミールは白猫の姿に戻り、賑やかなお風呂の時間は幕を閉じた。
リビングでシェーナが作った夕食の料理を堪能し、後片付けを終えたシェーナもお風呂に入ろうとする。
キャスティルは書斎に籠ったまま夕食に姿を現さず、彼女の分はシェーナが軽食を用意してくれたようだ。
「私ももう一回入るニャ~」
白猫のミールはシェーナの肩に乗って、本日二度目のお風呂。
おそらくだが、先程の時雨と同様な悪戯をシェーナに仕掛けるために入るのだろう。
「ミールさんは風呂好きなんですね」
「そんなところニャ~」
ミールを疑う様子もなく、シェーナはすんなり受け入れる。
時雨は止めようかと思ったが、先程の出来事をシェーナに話した上で止めに入るのは気恥ずかしさが勝ってしまい、見送るしかできなかった。
しばらくリビングで適当にテレビを視聴しながら、暇を潰す事にする。
本当は自身のスマホでお気に入りの音楽や動画を楽しむところだが、時雨を演じるために自身のスマホはそのまま時雨の姿をしたミュースが所持したままなのだ。
ミュースのスマホを経由して楽しむ手段も考えたが、他者のスマホを勝手に操作するのは気が引けてしまう。
それはミュースも同様で必要最低限の連絡以外は基本的にスマホをいじらない事でお互い同意した。
明日の天気予報を眺めながら、時雨はカップのコーヒーを口にすると、リビングの扉が勢いよく開いた。
(な……何だ?)
時雨は慌てて振り返ると、そこには全裸のシェーナとそれを追いかける全裸のキャスティルが目に飛び込んだ。
美女二人の全裸に時雨は思わず手に取っていたカップのコーヒーを滑らせて床を汚してしまう。
「シェーナ君も逃げるなんてひどいニャ。こうなったら、二人共相手してもらうニャ~」
時雨にとってキャスティルの姿と声で語尾に『ニャ』を付ける異様な光景よりも、美女二人の全裸にどう対処したらいいか困惑してしまう。
キャスティルの姿をしたミールは素早い動作で軽々とシェーナを肩で担ぎ、時雨も為す術もなくあっという間に担がれてしまった。
「女同士、仲良くピロートークと洒落込もうニャ~」
ミールは上機嫌で時雨とシェーナを担ぎながら、風呂場へ連行しようとする。
どうにか身体をジタバタさせて抜け出そうと試みるが、身体をガッチリ固定されて抜け出せない。
それにピロートークの使い方を間違えているとツッコミを入れたい時雨であったが、二人を窮地から救う女神が現れた。
「……は?」
先程、勢いよく開いたリビングの扉の音を聞き付けて本物のキャスティルが駆け付けてくれたのだ。
だが、その現場を目にしたキャスティルはミュースの姿をした寝巻姿の時雨に全裸のシェーナが全裸の姿をした自身に担がれているのだから思考が追い付けないでいた。




