第410話 ミュースで入浴
ミールは瘴気を払うために単身アパートへ向かうと、時雨とシェーナはキャスティルの厚意に甘えて彼女のマンションで寝泊まりする事になった。
「私は書斎で仕事をしているから、風呂や夕食は自分達で適当にやっててくれ」
キャスティルはそう言い残して、書斎に篭ってしまう。
どんな仕事をこなしているのか興味はあったが、ご丁寧に鍵まで閉めているから中の様子は窺えない。
「時雨はお風呂を沸かして先に入っていいよ。俺は台所で夕食を作っているからさ」
「それは悪いよ。昼間も任せっ放しで、私も少しは手伝える事はするよ」
「気にしなくていいよ。それにミールさんも瘴気を祓うために汗を流して帰って来るだろうし、お風呂の準備を済ませてくれると有り難い」
ミールが悪霊の類にやられる心配より、この炎天下の気温で汗だらけになっているミールのために風呂の準備をしておいた方がいいかもしれない。
ここは適材適所に動いて、ミールを迎え入れた方がいいとお互いに判断すると、時雨は早速風呂場へ向かって掃除をこなしてお湯を張り始める。
そこまでは普段通りの時間が流れていたのだが、お風呂を沸かし終えると同時に胸の鼓動が激しく鳴り響く。
(これを脱ぐのか……)
洗面台の鏡にはミュースの困惑した顔が映りこんでおり、修道服を脱ぐのにどうしても躊躇いが生じてしまう。
今から風呂に入るとミュースに連絡をした方がいいのかと思って、時雨はスマホを片手に彼女へ電話をする。
「もしもし、時雨です」
「ああ、時雨さんですか。そちらの調子はいかがですか?」
「えっと、色々ありましたが私とミールさんの正体はキャスティルさんにバレてしまいました」
「あら、そうなんですか。では元の姿に戻るためにご連絡を?」
「いえ、ミールさんはこのまま続行すると言っていました。それより問題なのは……」
時雨は簡単な経緯を説明した後、今からお風呂に入る旨を伝える。
誤解されないように、裸は極力見ないように努めると誠意を示す。
「ふふっ、それでしたら気になさらないで下さい。私も先程お風呂へ入ったばかりで、時雨さんの裸はバッチリ覗いちゃいました」
「いや、私の裸ぐらい別にいいんです。一応、私は前世が男だったものですから……」
ミュースは既にお風呂へ入った後のようだった。
彼女に覗かれる分には問題ないが、時雨の今の状況はミュースに対して申し訳ない気持ちで一杯なのだ。
「時雨さんは今では立派なレディーなんですから、そんなの気にする必要はありませんよ。逆に私のようなおばさんの身体を一週間眺める事になって不満が募っていると思ってましたよ」
「お……おばさんだなんてとんでもない!」
時雨は全力で否定して見せる。
時雨にとってミュースは女神の名に相応しい美しい女性だと心の底から思っている。
たしかに酒癖は少々問題あるが、今まで出会った女神達の中では最も頼りになるお姉さんみたいな存在だ。
「ふふっ、どうぞゆっくりお風呂へ浸かって下さいな」
ミュースは小さく笑って電話を切ってしまった。




