第41話 時雨の初恋
時間いっぱいまで歌い切ると、カラオケ屋を後にして駅前を歩いていた。
「今日はありがとう。とても有意義な時間を過ごせたわ」
凛は時雨に礼を言うと、鞄から何かを取り出して時雨に手渡す。
「神社でお参りした時に買ったの。前世のような最期にならないように願掛けしたのよ」
「それは心強いですね。有難く頂戴致します」
凛の厚意に感謝する時雨はお守りを紐で鞄にぶら下げてみせた。
前世のように命を狙われるような事はないと思うが、事故や無病息災に見舞われる事はあるかもしれない。
「私も今度お守りを用意して先輩に差し上げますね」
「いいのよ。時雨は私にゲームセンターで人形を取ってくれたじゃない。あれは私にとって最高の贈り物よ」
たしかに大切に枕元の近くにあったので、気に入ってくれて取った甲斐があるものだ。
駅の改札口が見えて来ると、時雨は凛に別れを告げる。
「では私はここで失礼します。帰宅後にカラオケ屋で話せなかった内容をメールしますので、よろしくお願いします」
「ごめんなさいね。私が調子に乗って時雨の大切な話を遮るような真似をして面倒を掛けるわ」
加奈の件を話すつもりが、思わぬ展開が続いて話す機会を逃してしまった。
帰りの道中で喋ろうかと思ったが、加奈のように誰かに聞かれて追求されたりしたら面倒だ。
メールのやり取りなら怪しまれる心配はないし、復元でもしない限りメールの内容は消去すれば他人の目に留まる事もないだろう。
時雨は凛を気遣って首を横に振ってみせると、遠慮がちに言葉を投げ掛ける。
「気になさらないで下さい。長年、先輩の気持ちを理解してなかった私にも責任はありますし……先輩が私の事をそんな風に思ってくれているとは考えもしませんでした」
「お互い、内に秘めていた事は喋れたからすっきりしたわ。お詫びじゃないけど、今度のゴールデンウィークに遊園地に行って時雨が乗りたがっていたジェットコースターでも乗りに行きましょうか」
「それはデートのお誘いで?」
「ふふ……どうでしょうね。詳しい日程は後日相談して決めましょうか」
凛は意味深な笑みを浮かべると、時雨に背を向けて帰路に就く。
(今日は色々あって疲れたな……)
凛が見えなくなるまで見送ると、時雨は駅の改札口を通って電車に揺られながら考え込む。
時雨の初恋は前世の士官学校で剣術を指南してくれた女騎士であった。
元々、貧しい生活を送っていた時雨は色恋沙汰とは縁がなかったが、両親が士官学校に通うだけの支度金を揃えてくれて、騎士になる事ができた。
士官学校に入学する者のほとんどは城勤めの騎士、下級貴族出身の息子と言った面子であった。
時雨のような外部からの人間には肩身が狭くて、士官学校時代は不遇な生活を余儀なくされた。
剣術は我流ながらも、練習試合では成績は優秀だった時雨は剣術の指南役だった女騎士から称賛されて嬉しかった思い出がある。
時雨が士官学校を卒業してまもなく、女騎士は地方領主の元へ嫁いで幸せに暮らしていると風の噂で耳にした。
時雨が騎士として大成できたのも女騎士の存在が大きかった。
結局、女騎士に想いを届ける事はできなかったが、あれ以来から恋をする事はなかった。
凛は大切な主人であり、香は可愛らしい幼馴染として接してきた。
彼女達の時雨に対する気持ちは嬉しいが、どう受け止めていいのか分からないでいた。




