第405話 本題
女神の営む喫茶店に到着すると、準備中の立て札が貼られていた。
お構いなしにキャスティルは店へ入ると、時雨とシェーナも後に続く。
「お待ちしておりました」
店主の女神がカウンター越しで物静かにキャスティル達を出迎える。
時雨の肩に白猫のミールが乗っているのを確認すると、一瞬店主の女神は驚いた表情を浮かべてしまう。
白猫の正体をキャスティルだと思い込んでいたからだ。
「こいつ等に冷たい飲み物と適当な物を見繕ってくれ」
「は……はい。かしこまりました」
キャスティルがカウンターに座ると、店主の女神に注文を入れる。
すぐに我に返った店主の女神は人数分の飲み物を用意するために厨房へ姿を消した。
時雨とシェーナも空いているカウンターの席へ着くと、相変わらず主張の激しいミールの絵画が目に映った。
「へぇ、綺麗な絵画ですね。俺も料理店に飾ってみようかな」
「あれはミールさ……んん、ミール様をモチーフにした肖像画ですよ」
いつもの癖で『さん』と呼称してしまった時雨は喉の調子を整えるフリをして『様』と呼称を改める。
下手をすれば、厨房に姿を消した店主の女神に殺意を向けられてしまうし、すぐ隣にいるキャスティルも不審に思われてしまう。
「ミュースさん、大丈夫ですか? まだ体調が優れないようでしたら、無理しない方がいいですよ」
「お気遣いありがとうございます。少し喉の調子がアレだったもので……」
心配して声を掛けてくれたシェーナにミュースの姿をした時雨は苦笑いを浮かべてやり過ごす。
白猫のミールは自身の肖像画と睨み合って、かなり不満気である。
「相変わらず、騒がしい連中だな」
テーブル席の奥からキャスティル達に声を掛ける者がいる。
声の主に振り返ると、テンガロンハットを顔に被せて両足をテーブルに乗せている。
行儀がよろしくない男の横にはよく見ると幸が薄いと言うか存在感が薄い女性も座っている。
「こちらに来ていたのですか!」
シェーナは席を立って二人に挨拶を交わす。
どうやら、シェーナと面識のある二人組のようだ。
そうしている内に遅れて理恵も到着すると、いつもの学校の制服姿とは違って白衣を纏って現れた。
「急な申し出を受けて下さって、感謝致します」
理恵が率先して頭を下げて、キャスティルに礼を述べる。
「別にいいさ。これも仕事の一環だからな」
キャスティルは目を伏せて懐から煙草を取り出すと、一服しながら耳を傾ける。
本当にアメリカの研究員なんだなと時雨はまじまじと理恵を見つめていると、その視線に気付いた理恵はミュースの姿をした時雨にも丁寧な挨拶を交わす。
「あのクソな博士は来ないのか?」
「えーと、どの博士でしょうか?」
「普段から飴を持ち歩いている甘党野郎だよ」
「ああ、カーライン博士ですか。今回は別件で来られないんですよ」
「別件ねぇ。本当は私と顔を合わせたくないからって理由じゃないよな?」
キャスティルが理恵に尋ねると、目当てだった博士が欠席だった事に対して不満を募らせる。
理恵はカーラインに成り代わって本当に別件で来られないと必死に弁明をする。
「ふん、まあいい。定刻通りに開始しても差し支えはないな?」
「こちらは問題ありません」
双方の同意を確認すると、しばらくして約束の定刻を迎える。
店主の女神が人数分の飲み物を用意すると、カーテンを閉め切って店内の照明を切ると同時に辺りは一瞬真っ暗になる。
そしてカウンターにあるロウソクに火を灯すと、早速本題へと移った。




