第400話 救世主
マンションへ戻ると、台所にミュースが用意した料理のレシピが置いてあった。
(細かく記されてるなぁ……)
買い物袋から食材を取り出して、時雨は早速料理を進めて行こうとする。
「私も手伝うかニャ?」
「いえ、私一人で大丈夫です」
本当は猫の手も借りたいところだが、ここは気持ちだけ有り難く頂いておこうと時雨は思う。
暇を持て余している白猫のミールのために牛乳を手頃な深皿に移すと、ミールはご満悦のようだ。
しばらくレシピを参考に料理の工程を進めていると、鍋が沸騰するタイミングで食材を入れなければいけないところを食材のカットが間に合わずにズレが生じてしまっている。
レシピを忠実に再現しようとすると、悲しい事に時雨の技能が追い付かないのだ。
「時雨君! あっちの鍋が焦げ臭いニャ!」
ミールが別の鍋を指差すと、時雨は慌てて火を止めようとする。
鍋の蓋を取ると、予想通り鍋の中は無残な光景が広がっている。
すぐに換気扇をフル稼働させて、一旦料理を中断して鍋の中身を廃棄する。
「また食材を買い出しに行く時間もニャいし、こうなったら出前でも取って間に合わせるしかないニャ」
ミールは代案を立てるが、それだと折角ミュースが用意してくれたレシピを無下にする結果となって申し訳ない。
かと言って、このままでは昼食に支障をきたすのは必至。
(どうしよう……)
時雨は途方に暮れていると、お腹を空かせた皆のためにもミールの言う通りにするしかないかもしれない。
「あっ、もしかしたら最終手段を使わなくても平気かもニャ」
ミールは何かを思い出したかのように、ニヤリと笑う。
「何か妙案でもあるのですか?」
「あと一分後に玄関のチャイムが鳴るニャ。それで解決の糸口がつかめると思うニャ」
時雨はミールの言っている意味が理解できずに首を傾げる。
そして一分経過すると、たしかにミールの言う通り玄関のチャイムが鳴ったのだ。
「さあ、出迎えに行こうニャ」
ミールは時雨の肩に乗ると、玄関の方へ促して見せる。
時雨は訳が分からず玄関先の扉を開けると、その意味がやっと理解できた。
「こんにちは。ミュースさん、遅くなってすみません」
銀髪の髪を掻き上げて、こちらに申し訳なさそうな顔をする者こそ今日の昼食を救う救世主。
「よく来てくれたよ! シェーナ」
時雨は思わず相手の名前を叫んで抱き付いて見せる。
当然、眼前のミュースは時雨である事実を知らないので、何の事だか分からないシェーナは困惑の表情を浮かべるしかなかった。




