第40話 凛の好きな人②
凛が前世から時雨を恋愛対象にしていた事は考えもしなかった。
主従関係から先輩後輩の間柄になっても、お互いに大切な存在である事は変わらない。
「先輩は人間性も優れて立派な為政者だと尊敬の念を抱いております。私のような若輩者が恋愛対象になる資格はありません」
「弱虫! どうして自分を卑下するの。人を好きになる事に資格なんて必要ないよ」
「……私は一度、姫様を守れずに死なせてしまった。そんな男だった者を好きになったところで、また姫様を不幸にしてしまうかもしれない」
時雨は凛から視線を逸らして、胸中を語る。
かつてのような体力や剣を振るう力はないので、できる範囲で凛を見守るつもりでいるが、今の凛なら時雨の力がなくても一人で立派な人生を歩んでいけると確信している。
「不幸なら何度でも撥ね退けてみせるわ。私は絶対に時雨を好きになる事を諦めないし、いつかあなたの口から私に愛の告白をしてくれる未来を作り上げてみせる」
理知的な凛からは想像できない無茶苦茶な根性論を突き付けると、凛は時雨の傍を離れて解放する。
乱れた制服を整えると、凛が注文していたのか、店員が軽食を運んでテーブルに並べる。
再び二人っきりになると、凛は両手で時雨の手を握ってみせる。
「時雨は私に恋の魔法を掛けた騎士様なのよ」
「姫様……」
「生徒達には品行方正な優等生だけど、時雨とこうして二人っきりで甘えたりしたかった。時雨はどこか大人びたところがあるから、辛かったりしたら時雨も甘えていいんだよ」
大人びているのは前世の性格によるものだと自覚はしている。
騎士なら逆境を打ち負かすぐらいの心構えを忘れずに、転生してから十数年を過ごしてきた。
実際に心折れそうな時はあったりしたが、香や時雨の家族が支えになってくれた。
「ありがとうございます。今の私は先輩を好きではありますが、恋愛感情はありません。ですが、これから先は誰かに恋をしたりするかもしれませんし、明るい未来があると信じています。その時になったら、私なりに答えを出すつもりです」
「そっか……分かったよ。強引な真似をしてごめんなさい」
「私も優柔不断で申し訳ありませんでした。お詫びではありませんが、一緒にデュエットしませんか?」
「いいわね。どの曲にしましょうか」
二人は笑顔になってマイクを握ると、心置きなくカラオケを楽しんだ。




