第39話 凛の好きな人
「あら、慌ててどうかしたの?」
凛は軽食のメニュー表を閉じて、時雨の様子を窺う。
「いえ、何でもありません」
「そんな訳ないでしょう。飲み物がない時点で何かあったのは想像できるわよ」
紅茶を淹れたカップを置き忘れた事に気付くと、凛は時雨の隣に座る。
「時雨が話したくないなら、無理強いして聞くのはやめておくわ」
「すみません」
時雨は俯いて謝ると、しばし沈黙が続いた。
何か気まずい雰囲気になると、凛はマイクを握って時雨に問い掛ける。
「時雨は好きな人がいる?」
「えっ……」
突然の質問に時雨は困惑すると、凛はさらに付け加えて畳み掛ける。
「好きって言っても、ラブな方ね。時雨が愛している人がどんな人か知りたいなぁ」
「私は……そう言うのはないです」
時雨は言葉を詰まらせると、恥ずかしそうに答える。
転生後は性別が逆転してしまったが、前世の記憶と性格がそのまま継承された時雨にとって恋愛対象は女性のままである。
今までに何回か男の子に告白された事はあったが、全て丁重に断った。
(この姿で女性の名前を挙げたら……)
心の広い凛なら理解してくれるだろうと思うが、もしかしたら、引かれしまうかもしれないと脳裏を過る。
曖昧な返答をする時雨に対して、凛はマイクで語りかける。
「うぶな返答をするじゃないの。嫌いじゃないけど、私には本当の事を教えて欲しいな。言い難いなら、私が先に好きな人の名前を言うわね」
凛の好きな人は気になるが、それを聞いた後は自分も喋らなければならない雰囲気になるのは必至だ。
「そう言うのは心の内に仕舞ったままにして、私じゃなくて好きな人に告白して下さい」
小さな抵抗を試みるが、時雨の健闘も空しく、凛は両手でマイクを力強く握って告白する。
「じゃあ、そうさせてもらうわね。私の好きな人は鏑木時雨……あなたよ。前世からずっと……ずっと好きでした」
前世で叶わなかった告白を打ち明けると、凛は目を潤ませる。
何かの冗談かと思って、時雨は本気にしていなかった。
「もう、私をからかわないで下さい」
「結婚するなら、あなたと本気で添い遂げたいと願っていたの。それは今も変わらないわ」
凛はマイクをテーブルに置くと、時雨を押し倒してしまう。
「お……お戯れを」
「私の本心は伝えたわ。さあ、時雨の回答を聞かせて」
抗う事はできず、二人は見つめ合って互いの胸が高鳴りあった。
「私と姫様は身分も違いましたし、今は同性同士です。お気持ちは嬉しいですが、姫様……先輩にはこれから相応しい相手がきっと現れますよ」
「身分や同性同士が何よ! 私の気持ちは変わらないわ。後にも先にも私の好きな人はあなただけ」
声を荒げて情熱的に凛が語ると、彼女の知らない側面を垣間見た。




