第382話 私のお姉ちゃん
順番にお風呂へ入った時雨達は今晩泊まる部屋割りを取り決めて、二手に分かれる事にした。
公平にクジで部屋割りを決めていくと、時雨は理恵と優奈と同じ部屋になった。
「加奈と二人っきりか。時雨ちゃんと二人っきりがよかったなぁ」
「私と二人っきりは不満?」
「寝ている最中に何か変な事をやりそうだから嫌」
香は悪戯好きな加奈と二人っきりになるのを拒否する。
その気持ちは時雨も理解できるが、公平にクジで決めたのだから仕方がない。
そんな香に優奈は異を唱える。
「私は逆にお姉ちゃんと一緒がよかったですよ。私のお姉ちゃんに香さんが変な事をしないか心配で眠れませんよ」
「それは大丈夫。時雨ちゃんなら分からないけど、加奈でそんな気は起こさないよぉ」
香は優奈に抱き付いて間違った事は起きないと断言する。
(私ならあり得るのか……)
複雑な心境で時雨は嫌がる優奈から香を引き離す。
「じゃあ、私達は隣の部屋に移動するよ」
香と加奈を残して部屋を去ろうとする時雨を香は名残惜しそうにする一方で、優奈は香を残して離れてしまう加奈を心配そうにしている。
「それにしても、加奈の妹とは思えないぐらいしっかりした子だねぇ」
理恵は優奈の頭を撫でながら、感心した声を上げる。
それは時雨も同感で加奈には見習って欲しいぐらいだ。
「お姉ちゃんは私なんかより数倍もしっかりした頼れる人です」
「おっと、これは失礼しました」
優奈はムキに理恵に反論すると、冗談交じりの笑いを浮かべて理恵は謝って見せる。
優奈にとって、理恵は見た目がギャルなので子供扱いする香と同じような嫌悪感を抱いている。
「本当に分かっているんですかね……」
呆れた口調で優奈は先陣を切って隣の部屋へ入ると、時雨と理恵は互いに顔を見合わせながら後へ続く。
早速、時雨は布団を敷いて就寝する準備をしようとすると、優奈は机に座って鞄から勉強道具を取り出して見せる。
「今から勉強するのかい?」
「来年受験ですし、お二人の睡眠の邪魔にならないように照明は調整しますよ」
「今日はもう疲れているだろうし、明日ゆっくりやればいいと思うよ」
二人にお構いなしで勉強を始めようとする優奈に時雨は気遣って言葉を掛ける。
ここへ来る前に、優奈は塾で勉強漬けだったようなので、あまり根を詰めるのは精神的によろしくない。
「どれどれ、私が少し付き合ってあげるよ」
「別にいいですよ。私一人で十分ですから」
「まあまあ、そんな事言わずにもっと気楽にいこうよ」
理恵が優奈の隣に座って見せると、それが鬱陶しい様子で優奈は邪魔者扱いする。
「もう、勝手にして下さい」
理恵を無視して目の前に集中しようとする優奈は参考書を開いて問題を解いていく。
そんな優奈を眺めている理恵だったが、数分もしない内に指摘する。
「あっ、そこは間違ってるよ。ここはね……」
理恵は優奈が問題を間違った箇所に対して淡々と解説を試みる。
最初は軽く受け流す程度に聞いていた優奈だったが、優奈が間違った箇所は全て的確に解説してくれたのを目の当たりにして驚きを隠せなかった。
アメリカの主任研究員を務める彼女なら、高校受験の勉強は楽勝だろう。
「私のお姉ちゃんも、本気を出せばこれぐらい教えてくれるわ」
「へぇ、あの加奈が勉強を教えるとは意外ね」
「お姉ちゃんは『分からない問題は自分で調べて理解しないと駄目よ』と口々に言っているわ」
多分、それは問題が解けないから適当にそれらしい台詞で誤魔化したんだなと時雨と理恵は直感した。
「優奈ちゃんって、意外としっかりしているようでポンコツだねぇ」
「なっ! 何言ってるんですか」
心外だと言わんばかりに優奈は反論する傍らで、理恵は笑い声を上げて優奈の頭を軽く撫でた。




