第381話 バレンタイン
優奈は周囲を見渡しながら、布団で横になっている加奈を発見する。
「お姉ちゃん、そこにいたんだね」
一目散に姉の加奈へ駆け寄ろうとする優奈に対して、それを阻むように香が愛おしそうに優奈へ抱き付いて見せる。
「優奈ちゃんだ! やっぱり、肌がモッチリしてて可愛いなぁ」
「ちょっ……いきなり抱き付くのは止めて下さい! セクハラですよ」
「セクハラでもいいもんねぇ」
まるで、お気に入りのぬいぐるみを抱くように香は離れようとしない。
仮に時雨が香と同じ立場だったら、セクハラと言う言葉に反応して誤解を解くためにたじろいでしまうところだ。
そんな二人が騒いでいると、布団で眠っていた加奈が目を覚まして起き上がる。
「ふわぁぁ、何だか騒がしいわね」
軽く欠伸をして部屋を見渡す加奈は香と優奈が視界に入る。
「……二人共、仲が良いわねぇ。御盛んなのは結構だけど、捨てられた時雨もすぐ傍にいるから場所はもう少し吟味しなさいよ」
そんな台詞を吐いて、加奈はまた布団に潜ってしまった。
いつの間にか捨てられた設定にされた時雨もそうだが、一番拒否を示したのは優奈であった。
「私はお姉ちゃん一筋だよ!」
懸命に主張する優奈は香を押し退けて布団に潜っている加奈の元へやって来る。
優奈にとって加奈は唯一無二の存在であり、頼れるお姉さんなのだ。
「あの子が加奈の妹さんか。へぇ……性格は全然似てない感じだね」
理恵が加奈と優奈を観察しながら、二人の姉妹について興味が湧いているようだ。
「安心してよ。僕はあくまで時雨ちゃんが本命だからね」
香もフォローしながら時雨にギュっと抱き付いて見せる。
あくまで優奈は義理で本命は時雨。
何だかバレンタインデーを思い出してしまう。
まだお互いに正体が分からなかった時、香は時雨にチェコレートを渡してくれた。
「これは私の気持ちだから受け取って」
「あ……ありがとう。私も用意してあるけど、口に合うかどうか」
「時雨の作ってくれたチョコなら、きっと美味しいよ」
そんなやり取りを毎年行っていて、幼馴染の間柄で恒例になっていた。
来年も変わらずチョコを渡すだろうが、互いの正体を知った上で渡し合うのは気恥ずかしい感じもする。
「わ……分かったから、抱き付くのはその辺にしておこう」
「ふふっ、そんな遠慮しなくていいよ。本命の時雨ちゃんにはもっと凄い事をしてあげる」
香はさらに顔を近付けて時雨の唇を積極的に奪おうと試みる。
それに触発されたのか、優奈も加奈の布団に潜って競い合うように張り合う始末だ。
「風呂を沸かしておいたから、適当に入って……」
キャスティルが部屋に入ると、風呂の準備ができた事を告げに現れた。
一瞬、不穏な空気が流れて二組を凝視するキャスティルは深い溜息をついてしまう。
「せめて電気を消してやれよ」
罰が悪そうに邪魔をしてしまったと言わんばかりにキャスティルは部屋を去ってしまった。




