第375話 百合NTR
「お待たせしました」
何事もなかったかのように、店の女神は厨房から料理の皿を改めて運んで来た。
香の皿にはハンバーグとチキンライスに旗が立ったお子様ランチ、理恵には巨大なハンバーガー、加奈には色鮮やかな寿司、時雨には数種類の丼ぶりが用意された。
「本日は皆様の心情に適した料理をご用意しました」
「心情……ですか」
時雨がそれぞれの料理を眺めながら口走ると、店の女神は続けて言葉にする。
「はい。お子様ランチは前世で八歳だった無垢な子供心を宿す香様に、ハンバーガーはアメリカのテキサス州出身である理恵様に、寿司は表裏一体の心を宿す加奈様に、丼ぶりは素敵な女性を囲っている時雨様を表現しました」
なるほど、面白い趣向だ。
時雨達の素性を見抜いて相応しい料理を提供したのだろうが、時雨だけは納得していなかった。
(数種類の丼ぶりは女性か)
丼ぶりの仕上がりに文句はないのだが、意味を知ってしまうと食べるのに戸惑ってしまう。
「時雨さんの丼ぶりは沢山ありますなぁ」
加奈が丼ぶりを覗き込みながら、早速時雨をからかい始める。
「こんなに食べられないから、皆で分けて食べよう」
「この丼ぶりは時雨が囲っている女の子達、それを横取りするような無粋な真似はしないわよ」
あくまで丼ぶりを女性に例える加奈は大げさに時雨の申し入れを拒否する。
時雨以外がこの丼ぶりに手を出したら、それは百合NTRだと訳の分からない主張をする加奈。
「例えば、この美味しそうな中華丼を私が食べたらどうなると思う?」
「いや、別に何も起きないでしょ」
加奈が無造作に中華丼を手に取ると、時雨は呆れた様子でツッコミを入れる。
中華丼は中華丼。
それ以上でもなければそれ以下でもない。
「私が香を美味しく頂いちゃうって事になるのよ。そっちの海鮮丼は凛先輩、親子丼は柚子さんって具合に……」
「それは嫌! 僕を美味しく食べて欲しいのは時雨ちゃんなの」
加奈の例えに香が頑なに拒否を示すと、何を言ってんだと言わんばかりに時雨は羞恥心が込み上げて来る。
時雨達が賑やかに騒いでいる横で店の女神はキャスティルと向かい合いながらその様子を窺う。
「賑やかですね。腕によりを掛けて作った甲斐がありました」
「ふん、子供の世話をする私の苦労をお前も体験するか?」
「それは遠慮しておきます。そのかわり、仲介役として全力でサポート致します」
「……例の財団の残党が時雨に接触した。居所が判明したら、絶対に私へ知らせろ」
「心得ました」
静かな怒りがキャスティルを包み込むと、彼女の前に用意された数十種類の丼ぶりは瞬く間に胃袋へ消えていった。




