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第373話 怒りに満ちた女神

 外の炎天下だった熱気に比べると、喫茶店の中はクーラーが行き届いており一気に汗が引いていく。

 店の壁際には絵画が多数飾られており、中でも一際目立っているのは群がる子供達に手を差し伸べている女性の絵画だ。


(店の主人の趣味かな)


 喫茶店と言われなければ、ちょっとした美術品を取り扱う個展だ。

 時雨達以外に客は誰もいない様子で、カウンター席の奥にある厨房から一人の女性が姿を現した。


「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」


 物静かな声で出迎えた若い女性は蝶ネクタイに店の制服を着こなしている。

 淡いオレンジ色の髪を後ろに束ねて、糸目が特徴的な女性は時雨達をカウンターの席へ座らせる。

 よく見ると、カウンター席の正面にある棚には様々な銘柄の酒類が置かれている。


「お姉さん、テキーラをロックで」


 加奈が決め顔で注文を入れる。


(何を言い出すんだ……)


 未成年なのに酒を注文する加奈に対して時雨は慌ててキャンセルを申し出る。

 実際、ダークエルフ姿の加奈は見た目が成人女性なので事情を知らない人からすれば、未成年と見極めるのは難しい。

 すると、女性は加奈に淡々とした口調で喋り始める。


「申し訳ありません。当店では未成年の方に対して酒類を提供しておりません」


「あ……はい、失礼しました」


 これには加奈も予想外な展開だったようで、断りの申し入れを素直に受け入れた。

 初見で加奈が未成年であると見抜いた女性の眼力は大したものだ。

 そんなやり取りをしている内にキャスティルがしびれを切らして女性に注文を入れる。


「こいつ等に飯を作ってやってくれ。私はいつもので構わん」


「かしこまりました」


 女性はキャスティルに一礼して承ると、時雨達を一瞥して厨房へ姿を消した。

 キャスティルも店の外にある喫煙所で一服するために席を外す。

 残された時雨達は雑談しながら時間を潰す事にした。


「あの人、女神様と顔見知りみたいだから関係者っぽいよね」


 理恵の見立てではあの女性も女神でないかと考えているが、それなら加奈が未成年であるのを一発で見抜いたのも頷ける。

 単純にキャスティルの行きつけの店で時雨達について事前に話を通していただけかもしれないので、あの女性が人間であるのか女神であるのか微妙なところだ。


「貴女は女神様ですかって直接本人に聞いてみたら?」


 加奈の言う通り、それが一番確実だと思うが、違っていたら突拍子もない事を口走った挙句に奇異な目で見られて恥ずかしい思いをするかもしれない。


「それって、遠回しにプロポーズの謳い文句にも聞こえるわよ」


 理恵が笑いながらツッコミを入れると、キザな台詞に聞こえなくもない。

 男女の間柄なら勘違いされるかもしれないが、女同士ならその心配は薄いかもしれない。


「香は時雨に女神様ですかって聞かれたら、どう思う?」


「……凄く嬉しいな。時雨ちゃんに相応しい女神として、いっぱい愛を捧げたい」


 香が頬を赤くして時雨に抱き付くと、相手次第ではプロポーズの謳い文句になりかねないなと時雨は実感する。


「加奈も時雨からそんな台詞を言われたら、どんな反応をするのかな?」


「えっ、私は……時雨が頭を打ったか、偽物って感じで警戒するわよ」


 素直に受け止めるどころか、加奈は時雨の精神状態や安否について言及する。

 時雨の性格については加奈も知り尽くしているので、香のような反応は皆無だ。

 そうしている内に厨房から店の女性が料理の皿を運んで来ると、加奈が代表して先程の質問をぶつける。


「変な事をお尋ねしますが、貴女は女神様ですか?」


「ええ、そうですよ」


 店の女性はあっさりと女神である事を認めた。

 女神の意味合いも理解し、素性を隠して誤魔化すような真似もしない事から、おそらく想定済みだったのだろう。


「やっぱり女神様でしたか。キャスティルさんやミールさんと違って、女神としての威厳と気品を兼ね備えていましたからね。もしやと思ったまでですよ」


 加奈は目の前にいる女神に頷きながら賞賛の言葉を送る。

 女神は静かに料理の皿を厨房に下げてしまうと、代わりにフォークを片手に持ち出して現れる。

 そして、次の瞬間――。


「キャスティルさんにミールさんだと? この無礼者が!」


 物静かだった彼女は消え失せて糸目は完全に見開いて、その瞳には怒りを溜め込んでいる。

 この時点で時雨は失念していた事を悔やんでしまう。

 海の家でスノーと初めて出会った時も、彼女の前でミールの敬称を疎かにしてしまった事で怒りを買ってしまったのだ。

 女神が握っていたフォークが加奈の喉元に届きそうなところを理恵がすんでのところで押さえ込んだ。

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