第370話 訪問者
加奈は逃げられないように鍵を掛けられた別室で宿題とキャスティルからの課題をする事になった。
「時雨! た……助けてぇ」
加奈の懇願が耳に残り、後味が悪い様な気もするが百%加奈の自業自得だ。
時雨も宿題を済ませてしまおうと、香の隣に座って気合いを入れ直そうとする。
「呼び鈴が鳴ったね。宅配便かな?」
最初の呼び鈴から数秒しない内は香の推察通り、宅配便の類だと思ったのだが、それは違うとすぐに分かった。
呼び鈴を連打するように鳴らすと同時に玄関扉を激しく叩く音が忙しなく聞こえて来るのだ。
「悪戯にしてはちょっと度が過ぎてるね」
あまりにも鳴り止まないので、香は不安そうになって時雨の肩に身を寄せてしまう。
別室で加奈とマンツーマンで扱いていたキャスティルは怒りが収まらないまま、玄関扉を開けて対応する。
「うるせえぞ! 喧嘩売ってんのか」
玄関先から開口一番でキャスティルの怒声が響き渡る。
あれだけうるさかった呼び鈴も怒声で掻き消され、一体どんな命知らずがこんな真似をしているのだろうか。
時雨はそっと部屋を出て、玄関先を注意深く見ると、そこには知らない女性がキャスティルと向き合っている。
「な……何であんたがここにいるのよ!」
驚きの声が上がると、女性は一歩下がってしまう。
台詞から察するにキャスティルと面識がありそうな感じである。
女性の特徴はゴスロリ服にツインテール姿の外国人。
明らかに動揺を隠せないでいる。
「そういうお前はまた職務放棄か?」
問答無用で乱暴に女性の首根っこを掴むと、キャスティルは女性を壁際に追い込んでしまう。
「ち……違うわよ! 上階のあんたのところがうるさかったから文句を言いに来ただけよ」
女性は必死になって弁明すると、どうやら彼女は丁度一階下の部屋に住んでいて先程の加奈が暴れていた件で苦情を入れに来たようだ。
「あの子にストレスを感じさせるような環境は避けたいからね。とりあえず上階のうるせぇ住人を始末するなりして黙らせようとしたのよ」
「それなら問題ないな。お前はとっとと仕事へ戻れ」
「言われなくても戻るわよ。アレが例の転生者達ね」
「お前には関係ない」
「キャスティル様ともあろう御方が小便臭いガキのお守りとは随分と落ちぶれたものね」
女性と目が合った時雨はその瞳に魅せられて、右目が疼くような感覚に陥ってしまう。
別にふざけて中二病をこじらせたつもりもないし、右目が熱に帯びているみたいだ。
「おい、それ以上ふざけた真似をしたらミールに代わって私がお前をぶっ殺すぞ!」
「ちょっとした挨拶ですよ。そんな怖い顔しなくても用件が済んだらさっさと退散します」
女性は衣服を整えて踵を返すと、何事もなかったかのようにその場を後にする。
それと同時に疼いていた時雨の右目は正常に戻り、視界もハッキリ見渡せている。
右目を押さえていた手を放すと、別室を抜け出してその一部始終を見ていた加奈は一言。
「時雨、こんな時に中二病?」
「……何でもないよ」
時雨は香と一緒に部屋へ戻ると、乱暴に玄関扉を閉めたキャスティルがこちらへやって来る。
加奈は一目散で別室へ戻ると、入れ違いでまた呼び鈴の音が鳴り響いた。




