第37話 凛とカラオケ
加奈との話が決着すると、加奈は用事があると言うので公園で別れた。
時雨は凛と合流するために駅前のペットホテルへ向かうと、そこには凛がマルとチビを飼い主に引き渡して見送っているところだった。
「バイバイ、二匹が幸せに暮らせますように……」
凛は名残惜しそうに、二匹が見えなくなるまで小さく手を振っている。
その横に時雨が並んで立つと、凛と同じ視線の先を見据える。
「無事に引き渡せたんですね」
「ええ、飼い主も喜んでくれてたわ。きっと大丈夫でしょう」
以前にも飼い主は猫好きで猫を飼っていた経験があるので、大切に育ててくれるだろう。
完全に見えなくなると、凛は気持ちを切り替えて時雨に訊ねる。
「お友達との用事は無事に済んだの?」
「ええ……まあ、何とかなりました。その事で、少しお話したい事があるので付き合ってもらえますか?」
「私は構わないわよ」
歯切れが悪い感じの時雨は場所を変えて、香とよく訪れるカラオケ店を選んだ。
凛はカラオケ店が初めてのようで、受付を済ませてカラオケルームに通されると周囲を見渡して興奮が収まらない様子だ。
「実はカラオケって初めてなのよ。このマイクを握れば、曲が流れるのかしら?」
「いえ、こちらのデンモクで歌いたい曲を選んで下さい」
時雨は簡単に機器の説明をすると、まるで新しい玩具を手にした子供のように目を輝かせて選曲していく。
本当はカラオケが目的ではなく、加奈の件を凛の耳に入れるために誰もいない密室の空間ならどこでもよかった。
(楽しんでいるところに水を差すのも悪いな)
用件はカラオケを楽しんだ後にそれとなく伝えようと時雨は思う。
曲が流れ始めると、凛は直立不動でマイクを握って緊張している。
そういえば、時雨も香と初めてカラオケに訪れた時も凛のように一歩も動けなかった事を思い出す。
あの時は香が背中を押してくれて、一緒に合わせて歌ってくれた。
「先輩、私もご一緒しますので二人で歌いましょう」
時雨は凛の手を握ってみせると、二人は顔を合わせながら凛のペースに合わせて歌い出す。
「よし、何となくコツが掴めてきたわ。次の曲もどんと来なさい」
徐々に慣れてきたのか、凛は歌詞に合わせて歌い出すと時雨も後に続いていく。
セットした選曲を全部歌い終える頃にはノリノリで二人のテンションが最高潮に達していた。
「人前で声を出して歌うなんて、音楽の授業以来だわ」
「先輩はお友達とカラオケとか行かないんですか?」
「美術館や博物館の誘いはあったけれど、カラオケを誘ってくれたのは時雨が初めてよ」
優等生に相応しい誘い場所だなと、自分には退屈で縁遠いと時雨は苦笑いを浮かべる。
「気に入ってもらえてよかったですよ。何か飲み物を取って来ますね」
時雨はカラオケルームを出ると、部屋の外に完備されているドリンクバーから適当に飲み物を調達しようとする。
先客がいるようで、後ろ姿が金髪で時雨と同じ高校の制服を着用した女子高生が鼻歌交じりで紅茶を注いでいる。
「あれ、香もここに来てたのね」
時雨は声を掛けると、紅茶を注いでいたのは香だった。




