第369話 カスタードの甘味
時雨は先程ぶつかった拍子で土産物の袋を床に落として拾い上げると、キャスティルに連れ戻された加奈の後を追う。
「ここで少し待ってろ」
キャスティルが時雨を部屋の奥まで案内すると、そこには香が教科書とノートを開いて睨めっこをしていた。
「苦戦してるみたいだね」
時雨が声を掛けると、香は我に返って顔を見上げて嬉しそうな声を上げる。
「時雨ちゃん! やっと来てくれたんだね」
待ってましたと言わんばかりに、香は時雨を隣に座らせて歓迎ムード。
よく見ると、ホワイトボードも用意していたようで、壁面は全て数式で埋まっている所からキャスティルは二人のために熱を入れて勉強を教えていたようだ。
(気合い入ってるなぁ……)
多分、耐え切れなくなった加奈は隙を見て逃げ出したのだろうが、時雨と鉢合わせてぶつかってしまい今に至るのだろう。
香も頭をフル回転させて対応していたのだろうが、やはり苦戦を強いられてしまったようだ。
「駅前の洋菓子店でシュークリームを買ってきたから、後のおやつに……」
「わーい、シュークリームだ。ありがとう、時雨ちゃん」
冷蔵庫を借りて、午後のおやつに食べるつもりだったが、香は土産物の袋からシュークリームを一つ取り出して口にする。
「んー、カスタードの甘味が僕を幸せに包み込むよ」
幸せの絶頂にある香には野暮な事だなと時雨は美味しそうに頬張る香の頭を優しく撫でる。
「カスタードの甘味もいいいけど、時雨ちゃんとこうしているのが一番幸せかも」
「私もこうして香ちゃんと一緒にいるのが幸せだよ」
二人は甘い空間に浸っていると、すぐ近くの部屋からキャスティルの怒鳴り声が聞こえて来る。
「加奈は夏休みの宿題全然やってなかったらしくて、それを知ったキャスティルさんは午前中からあんな調子だよ」
それはキャスティルじゃなくても教師と言う立場なら怒りたくもなるだろう。
さらに夏休みの前半は休憩時間、後半からが勝負ですからと火に油を注ぐような言い訳をするものだから、怒りの沸点は超えてしまっているだろう。
試験のような本番の時はいつも平均点以上でそつなくこなすのだが、加奈の勉強嫌いは中学の頃からよく知っている。
基本的に無駄な努力はしたくないタイプなので、試験等は独自で山を張ってそこを重点的に抑えているおかげで問題はなかった。
時雨のいる部屋の扉が乱暴に開かれると、加奈が勢いよく綺麗な土下座をして反省の言葉を述べる。
「夏休みの宿題は絶対にやりますので、どうか長耳だけは触らないで下さい!」
どうやら、長耳より宿題を取ったようだ。
(そんなに触られたくないのか……)
時雨は加奈の長耳を見つめながら、午後の時間がゆっくり過ぎようとしていた。




