第368話 強制参加
炎天下の昼下がり、時雨は駅前の洋菓子店で土産物を持参して記載されたメモの住所へ向かっている。
発端は海の家でアルバイト期間中にキャスティルから学校の宿題の進捗状況について聞かれた際、加奈や香は芳しくなかったからだった。
一応、高校教師として潜入している彼女はその役割を果たすために日時を指定して時雨達を呼び出し、断る暇もなく強制参加となった訳だ。
進捗状況の悪い香りと加奈は既に午前中から呼び出されているようで、時雨のスマホに『宿題……怖いよぉ』と悲痛な叫びにも似た文章がメールで送られて来ていた。
あまり気乗りはしないが、キャスティルも忙しい時間を割いて時雨達のために尽くしてくれるのだから感謝しないといけないなと時雨は思う。
(あの事について、もう一度訪ねてみよう)
黒スーツ姿の女性についてはミュースを通じて連絡を取り合うと、血相を変えてミュースが時雨の自宅前まで車を飛ばしてやって来た。
凛と紅葉を自宅まで送り届ける途中だったが、最寄り駅で降ろして帰宅してもらった。
ミュースは簡単な身体チェックをした後、すぐにキャスティルと連絡を取り合って事情を説明した。
そして時雨の口から直接黒スーツの女性についてキャスティルに伝えると、長い沈黙が続いた後に「……分かった」と一言。
怒声が飛び交うと思っていたが、意外にも冷静さを保っている。
それからミュースとしばらく今後の対策や処置について話し合った結果、時雨には黒スーツ姿の女性については忘れて普段通りの生活を送れと言い渡された。
坂道を上って汗が一段と滲み出ると、そろそろメモの住所は近い筈だ。
「ここか」
時雨は足を止めると、マンションの玄関口を通って常設されているエレベーターへ乗り込む。
凛の住んでいるタワーマンションとまではいかないが、一般的なマンションより内装は豪華で家賃が高そうなイメージだ。
エレベーターは五階で止まると、部屋番号を確認しながら時雨は目的の部屋の前に立つ。
(よし……行くか)
時雨は呼び鈴を鳴らそうとするのと同時に、玄関扉が勢いよく開いた。
「うわっ!」
何かが飛び出して来て時雨とぶつかると、時雨は思わずバランスを崩してその場に倒れ込んでしまう。
ゆっくり起き上がり、状況を確認しようとすると時雨の傍でダークエルフ姿の加奈が頭を抱えていた。
「時雨! た……助けて」
藁にもすがるように加奈が時雨に助けを求めると、部屋の奥から凄い形相で睨む赤髪の女性が近寄って来た。
「勝手に逃げ出してんじゃねえよ!」
怒声が時雨と加奈に振り掛かると、そこにいたのは部屋の主であるキャスティルの姿であった。




