第367話 伝言
途中、高速道路のパーキングエリアで休憩を挟みつつ、車は無事に時雨の自宅前に到着した。
「私は加奈ちゃんを自宅まで送り届けて車を返却してくるよ」
「道中、気を付けてね」
柚子が運転席からそう告げると、辺りはもうすっかり暗くなっているので時雨は注意を呼び掛けて車を見送った。
香は眠そうな眼を擦って欠伸を漏らすと、とりあえず時雨は香の手を繋いですぐ隣の自宅まで送り届ける事にした。
「さあ、家に着いたよ」
「時雨ちゃん、ありがとう。僕はもう疲れて眠いや。また明日ねぇ」
時雨は玄関先までやって来ると、香は呑気な声でお礼を言って玄関扉を潜ると無事に帰宅する。
玄関扉越しから、香の帰宅に気付いた香の母親が出迎えてくれて家族二人の和気藹々とした声が聞こえて来る。
(私も帰ろう……)
転生した香には今の新しい家族がいる。
前世では不幸な目に遭わせてしまった分、香には今の家族と大切な思い出を築き上げて欲しいと願っている。
時雨も今の家族は大切にしているし、これからもその気持ちは変わらないだろう。
香の家を後にした時雨はすぐ隣の自宅まで歩き出すと、背後から呼び止める声が聞こえた。
「そこの君、ちょっといいかな?」
この場で時雨以外に人気は見当たらないので、時雨は声に向かって振り返る。
そこに立っていたのは黒スーツ姿の外国人女性だった。
最近になって、外国人女性はミュースやキャスティルのような面々と出会っているので、もしかしたら地上に派遣された女神か米軍関係者かもしれない。
(でも、どこかで聞いた事のある声のような……)
初対面の筈であったが、この黒スーツ姿の女性の声は聞き覚えがあった。
それがどこだったのか思い出せないでいると、黒スーツ姿の女性は時雨に歩み寄って来た。
「はい……何でしょうか?」
「伝言を頼みたいんだ。キャスティルって女にさ」
黒スーツ姿の女性がキャスティルを名指しすると、やはり女神か米軍関係者だと確信する。
そして、黒スーツ姿の女性は時雨の耳元で囁くように伝言を語り出す。
「私からのプレゼントは気に入ってもらえたかしら?」
時雨はその声に思わず身を縮こまらせてしまう。
彼女の言葉には静かな殺気が込められていたからだ。
周囲を見渡すと、いつの間にか黒スーツの女性は姿を消していた。
時雨は壁際に寄り掛かると、気持ちを落ち着かせて深呼吸する。
(何だったんだ、あれは……)
一歩間違えれば、自分が死んでいてもおかしくない状況だった。
伝言の意味は分からないが、あの殺気はキャスティルに向けられていたのは何となく理解できた。
次の日、自宅前付近に不審な車が放置されていると近所から通報があって警察が不審な車を取り調べると、運転席と助手席から大量の金塊の延棒が発見された。
事件性ありと判断した警察は車を押収しようとしたが、上層部からの無線を傍受して撤収命令が下される。しばらくしてレッカー車が不審な車を移動させると、普段の日常が戻った。




