第361話 さっきのお姉さん
「色々と良い物が見れて楽しかったわねぇ」
加奈が上機嫌でニヤニヤしながら時雨の肩に寄り添う。
「色々ね……」
意味深に強調する加奈に時雨もそれ以上言葉にはできないでいた。
イルカのショー自体は拍手喝采で見事な出来栄えであった。
それだけに、時雨は複雑な心境に陥っていたのだ。
「ふふっ、忘れられない良い思い出になったと思うけどね」
柚子が可笑しく笑いながら、時雨をフォローする。
たしかに忘れられない思い出にはなったと思うが、やはり舞台の主役には向いていないなと時雨はしみじみと実感している。
元王族や貴族出身である凛や紅葉のようなリーダーシップの持ち主なら、あの場をそつなくこなしていただろう。
「私も良いショーだったと思うわよ」
「凛先輩も他人事だと思って、からかわないで下さいよ」
「本当よ。時雨の女の子らしい反応を見れただけでも儲けものよ」
別に女子力をアピールするつもりは全くなかったのが、結果的に皆を満足させる事になったのは怪我の功名とでも言ったらいいのだろうか。
凛の言葉に皆も笑いながら頷くと、時雨は自然と早足になって常設しているレストランへ入って行った。
空席になっているテーブルに座ると、時雨は一息入れてセルフサービスの水に口を付ける。
「あっ! さっきのお姉さんだ」
家族連れの子供の一人が席を横切ると、時雨の姿を見るなりに指差してはしゃいでいる。
ある意味、イルカより目立ってしまった時雨は子供にも印象的に残っており、すっかり有名人になってしまった。
両親が子供を咎めると、時雨に一礼してその場を離れて行く。
「モテル女は辛いわねぇ」
加奈がメニュー表を見ながら冗談を交えると、早速話のネタに移りかかる。
「じゃあ、加奈もあそこに立ってみたらどう?」
「私が選ばれたら、イルカより私の美貌に観客席はきっとメロメロになっちゃうわよ」
「左様ですか……」
その自身はどこから湧いて来るのだろうかと時雨は本気で思う。
加奈の性格からして、調子に乗って余計な事を繰り広げそうなので見ているこちら側がヒヤヒヤしてしまいそうだ。
(やれやれだ)
時雨はとりあえず、もう一息入れるためにセルフサービスの水を飲んで見せた。




