第354話 水族館
しばらく、車内は賑やかな会話で弾んでいると帰り際に立ち寄る予定であった水族館に到着した。
「この水族館は最近オープンした人気のスポットで、一度行ってみたいと思っていたのよ」
「へぇ、そうなんだ」
柚子は駐車場に車を停めると、ミュースの車と合流して水族館の入口へ向かう。
たしかに建物の外壁や内装は綺麗だし、人気スポットと言うだけあって客足も賑わっている。
柚子から入場券を受け取ると、集合時間まで各々自由行動となった。
「ほら、時雨ちゃん。一緒に回ろう」
香が時雨の手を引いて無邪気な笑顔を浮かべる。
時雨は困惑気味で後ろを振り返ると、凛が小さく手を振っている。
二人で仲良く楽しんでねと言わんばかりの意思表示である。
館内には大小多くの水槽が展示されており、珍しい魚が泳ぎまわっている。
水族館は数えるぐらいしか訪れた事はないが、最近オープンした人気のスポットだけあってイベント等の催しを定期的に行っている。
集合時間には皆で本日目玉のイベントであるイルカのショーを見物する手筈になっている。
「時雨ちゃん、あそこで写真を撮ろうよ」
香は色鮮やかな魚群の水槽を指差すと、写真の撮影を希望する。
一応、迷惑にならない程度に館内の撮影は許可されているので、周囲には水槽を背景に写真を撮る人達が何組かいる。
「いいよ。一緒に撮ろう」
「やった! 時雨ちゃんは可愛く撮ってあげるからね」
時雨としては大切な友達との記念撮影感覚なので、女子力をアピールした可愛らしい写真は意識していない。
香はスマホを片手に自撮りをしながら可愛くポーズを決めながら、時雨と肩を寄せ合っている。
(女子力高いなぁ……)
香の前世が年の離れた時雨の弟であるとは思えないぐらい、香は女子高生として適応している。
本当は時雨も見習わなければいけないのかもしれないが、苦手意識が表面化されてしまう。
「時雨ちゃん、もう少しリラックスだよ」
表情が硬いのを注意されると、時雨は香のためにも可愛らしさをアピールしようと試みる。
背筋を伸ばして精一杯の笑みを浮かべて見るが、それは香にとって不評であった。
「うーん……これはちょっと致命的だね。よし、僕が一瞬で時雨ちゃんを可愛くしてあげる魔法をかけてあげよう」
「魔法?」
当然ながら、香や時雨は魔力がない普通の人間だ。
香の魔法がどんなものか気になるっていると、正体はとても単純明快であった。
「よし、良い出来栄えだね」
香がシャッターを押すのと同時に、顔を近付けて時雨の頬にキスをしたのだ。
そして運良く背景には色鮮やかな魚群が写っているので、奇跡的な一枚に仕上がっていた。
「この調子で、どんどん撮って行こうね」
満足そうに香が次の撮影場所を吟味しながら、時雨の手を引いて行く。
写真を収める度にキスされると思ったら、この身が持たない気がするのだった。




