第350話 待機の間
待機を命じられて数時間、皆は各々のやり方で時間を潰していた。
「ほらほら、笑って」
香はスマホで写真を取り出して、時雨と仲良く撮影会を始めている。
加奈はシェーナに絡んで、シェーナのいる異世界について色々と質問攻めだ。
そんな中、凛と紅葉は二人並んでテーブルにノートと参考書を広げて勉強をしている。
「二人共、偉いわねぇ」
「夏休みの宿題を片付けているだけですよ」
柚子が感心した声を上げると、凛と紅葉に称賛の言葉を送る。
凛は筆を止めて答えると、時雨も頭の片隅にあった夏休みの宿題について思い出す事になってしまった。
「そこの二人は宿題の進捗状況はどうなの?」
柚子が時雨と香に目を移すと、厳しい眼差しでこちらを窺う。
それはまるで母親が出来の悪い息子達を見るような感じだ。
「まあ……今のところは大丈夫」
夏休みで浮かれていた時雨だが、問題ない程度で進めている。
「僕は……時雨ちゃんに手伝ってもらうから大丈夫だよ」
香は罰が悪そうに宿題を手伝う前提で話を進める。
小学校から香と夏休みの宿題は協力して片付けていたので、今回も予定調和の内だ。
すると、加奈はスクっと立ち上がり時雨の前で綺麗な土下座を始めた。
「時雨様! 今回も宿題全部写させて下さい」
今年もなのかと時雨は呆れてしまった。
去年と一昨年も夏休みの宿題を始業式の前日になって頼み込んで来たからだ。
時雨も断れる性格の持ち主ではないので、今までは嫌々ながらも宿題を写させてあげた。
さすがに今年はまだ夏休みの期限もたっぷりあるし、丸写しは断るつもりだ。
「今年は自分の力でやりなよ。分からない問題とかは協力してあげるからさ」
「絶対無理よ! 私のサボり癖は時雨が一番良く理解しているでしょ」
「それなら、その癖を直す努力をしなよ」
その必死さを勉強に活かせれば問題ないのにと時雨は頭を抱えてしまう。
一応、風紀委員である紅葉もこの場にいるので不正は見逃せない立場の人間だ。
「私のこの身体を時雨に捧げるから! 胸とか普通に揉んでもいいから」
加奈の発言が段々と風紀を乱して行く。
紅葉もテーブルからスッと立ち上がり、無言で加奈の傍によって見せる。
(怒られるぞ……)
普段は学校の校門前で生徒達の風紀が乱れていないか厳しい目でチェックしていた。
それに加奈は自転車のヘルメットを使用していなかった事で、紅葉に注意された経緯もあるくらいだ。
時雨は咄嗟に耳を塞ぐと、紅葉は膝を付いて加奈の瞳をじっと見つめる。
「その可愛らしい耳を触らせてくれたら、宿題を片付けてやろう」
紅葉の瞳には加奈の長耳が魅力的に映っているようだ。
加奈も咄嗟に長耳を両手で押さえて、「耳を触るなんて止めて下さい」と半泣き状態。
(何を見せられているだ?)
時雨は呆然と二人を眺めていると、部屋の扉が乱暴に開けられてキャスティルが現れた。
「お前等の会話が外まで筒抜けだ! とくにそこのダークエルフ、宿題を写すなんて真似はさせないからな」
タイミングが悪いと言うか自業自得なのは明白なのだが、それが時雨達にも飛び火して夏休みの期間中はキャスティルが特別講習をする結果となってしまった。




