第348話 目覚まし時計
「こいつの正体はミールが昔使っていた目覚まし時計だ」
「目覚まし時計ですか……」
キャスティルが黒い影の男を無力化すると、そのまま影に取り込んで消してしまった。
今はだいぶ改善されたらしいが、一昔前のミールは寝相が悪く、一度就寝したらなかなか起きない事で有名だったらしい。
通常の目覚まし時計はミールの寝相の悪さで壊されてしまい、頑丈でミールを起こしてくれる目覚まし時計が必要とされた。
そこで開発されたのが、今回時雨達を襲ったタキシードの男だった。
「最近は使用する機会もなくなって、一部は異空間を通じて失くしてしまった物もある。それが偶然アメリカ側に渡ったのもあったが……まあ、それはどうでもいい。残っていた目覚まし時計を私が改造して、テストを含めて秘かに忍ばせていたんだよ」
キャスティルが確認している限り、ここ最近の時雨はあおり運転、クレーマーと立て続けに不運な事があった。他にも、前世がエルフであった加奈の妹の優奈は宿敵のダークエルフだった加奈を襲って庇った事もあった。
見兼ねたキャスティルはミールに頼み込んで、目覚まし時計をボディーガード代わりに改造するに至った。
「一定以上のストレスと緊張感が検知されたら、自動的に起動する仕組みになっていた。普通の人間に絡まれてもやられるような素材でできているし、クイズ形式にしたのは、シェーナがいた異世界の女を参考にさせてもらった。大体の連中は初見の五秒間で問題を解答する暇もなく、急に現れた不審者丸出しのタキシード男に警戒してしまうだろう」
なるほど、それでやっと大体の事態が呑み込めた。
理不尽な年配の従業員に時雨は一定以上のストレスと緊張感に達して、目覚まし時計が運悪く起動してしまった。
そして、そのまま消える事がなく守るべき対象である時雨にも牙を剥くと、執拗に追跡を試みた。
結果的にミュースの術式で封じ込めは失敗し、暴走したボディーガードは改造したキャスティルの手で破壊された。
「問題の難易度は中高生レベル程度に設定しておいたから、家庭教師としての役目も考えていたんだがな。こうなると、運用は一旦中止だな」
キャスティルは深い溜息を付いて食堂を後にすると、改造した目覚まし時計の暴走で時雨達には迷惑を掛けたと反省して「すまなかったな」と一言謝ってくれた。
その上で、時雨から経緯を伺ったキャスティルはストレスと緊張感の引き金となった年配の従業員に怒りを覚えて物販店まで殴り込む勢いだった。
事務所で門倉と合流し、事情を把握すると門倉は時雨と凛に頭を下げて謝罪した。
本来、倉庫の管理等は臨時のアルバイトにやらせる仕事ではなく、物販店の売り子として、会計のレジ係や観光ガイドのパンフレットの配布を重点的にやってもらうつもりだった。
「他の連中は大丈夫だろうな?」
キャスティルは旅館の責任者である門倉に詰め寄ると、時雨や凛のような理不尽な扱いをされていないか気掛かりだった。
キャスティルの圧に耐え切れず、門倉はすぐに各現場へと駆けつけた。




