第343話 頼れる先輩
物販店のレジ前に年配の従業員が一人店番をしていた。
門倉からはその従業員の指示に従って動くように言われていたので、時雨達は早速挨拶を交わした。
「鏑木時雨です。今日はよろしくお願いします」
「私は桐山凛です。よろしくお願いします」
年配の従業員は二人を一瞥すると、とくに挨拶を返す様子もなく奥の更衣室で制服に着替えるように指示される。
(感じが悪いな……)
本来なら、海の家で働く予定だったが生憎の雨により旅館内で働く事になり、従業員はまだ高校生の時雨達を快く思っていないのかもしれない。
二人は一礼して、奥の更衣室に入ると小さなテーブルにエプロン一着とマスコット人形の着ぐるみが一着置かれていた。
「あっ、何かメモ用紙もありますね」
時雨はエプロンの上に一枚のメモ用紙を見つけると、それを手に取って読み上げて見せた。
『一人はエプロンに着替えて倉庫の掃除、備品・在庫整理を徹底的にやる事。もう一人はマスコット人形に着替えてパンフレットをお客様に配布』
どうやら、メモ用紙は仕事の内訳のようだ。
時雨はエプロンとマスコット人形を目にしながら、どうするべきか悩んでいた。
凛に倉庫の仕事を任せるのは忍びないし、かと言ってマスコット人形に着替えさせるのも考えものだ。
大見得を切ってここは全部自分が引き受けると言いたいところだが、絶対一人でこなせる仕事量でないのは分かり切っている。
仮にも、王族出身でお嬢様である凛に負担を強いるような仕事をさせたくないのが本音だ。
「倉庫は私が担当するから、時雨はマスコット人形をお願いしてもいいかしら?」
「ですが……凛先輩一人に倉庫の仕事を任せるのは大変です。二人で倉庫を任せられないか頼んでみます」
「待って。あの従業員の様子からして、歓迎されている雰囲気でもないし却下されるのは目に見えているわよ」
時雨は交渉を試みようと更衣室を出ようとすると、凛に呼び止められて無駄であると悟られてしまう。
「私は大丈夫よ。倉庫の仕事が終わったら、私もパンフレットの配布を手伝ってあげるからね」
凛は時雨に笑顔を向けると、話は決まったとばかりにエプロンに着替え始める。
本当は騎士として時雨が率先して行動を起こすべきなのに、その役目は完全に凛に奪われてしまった。
「頼りない後輩ですみません……」
「時雨は私に十分尽くしてくれたわ。命を張って私を守ってくれた大事な騎士様に対して、むしろ今度は私がその分お返ししなければいけない立場よ。それに後輩の面倒を見るのは先輩としての役目なんだから、時雨はもう少し私に甘えていいのよ」
凛はエプロンに着替え終えると、時雨の頭を優しく撫でて見せた。
その言葉に時雨は胸を打たれて、返す言葉が見当たらなかった。




