第342話 家族
朝を迎えて窓の外から景色を眺めると、激しい雨が打ち付けて天気予報の通りだった。
柚子は時雨を立ち合いに選んで香を呼び出して二人っきりになると、自身の正体を打ち明けた。
最初はポカンとした様子の香も、時雨が頷いて答えると、柚子の言葉が本当だと確信してその場で泣き崩れてしまった。
「柚子さんが僕のお母さんだったなんて……」
「黙っていてごめんなさい。ロイドとシャインの正体が分かった時にどうしても二人に告げる勇気がなかったの」
柚子は香を抱いて見せると、止まっていた時間が再び動き出したような気がした。
姿形は全然変わってしまったが、家族三人がこうして同じ場所に立っているのは奇跡と呼ぶに相応しいだろう。
皆にも事情を説明すると、快く理解を示してくれた。
時雨や香にとって柚子は良いお姉さんであろうと心掛けていたが、真実を明かされてから成長した二人を見返すとかつての母親だった記憶と想いが蘇った。
香はかつての母親の温もりを確かめながら柚子と腕を組むと、時雨達は門倉の待っている事務所へ向かう。
「今日は生憎の雨だ。海の家は中止で、皆には旅館の仕事を割り振ったよ」
門倉が時雨達に旅館の仕事を与えると、各々が得意とする分野の仕事を割り振ってくれた。
時雨と凛はお土産を扱う物販店を任されて、加奈と香は温泉場と脱衣場の清掃、シェーナとミュースは食堂で料理を任された。柚子はチェックアウトした各部屋の清掃を旅館の従業員と回って、キャスティルは門倉と共に事務作業に就いた。
「それじゃあ、私はそろそろ戻るよ。何かあったら、キャスティルやミュースを頼るといいよ」
ミールは別件の仕事があるそうなので、ここで時雨達と別れた。
最後に皆と海で遊びたかったなと名残惜しそうにしていたミールだったが、「コンビニ寄ってポッキー買って帰るよ」と上機嫌に言い残して去って行った。
どうやら、ポッキーゲームで相当気に入ったようだ。
門倉はミールに一礼して玄関先まで見送ると、各自仕事の現場へと向かう。
時雨は凛と肩を並べて歩いていると、凛は微笑みを浮かべる。
「お母様に出会えてよかったわね」
「ええ……嬉しい半面、少し戸惑いもあります。これからはお姉ちゃんとして接すればいいのか母親として接すればいいのか」
「どちらでもいいと思うわよ。時雨にとって柚子さんはお姉さんであり、お母さんでもあるんだからね」
かなり特殊な家庭環境を抱え込んだ時雨だが、凛はどんな形であれ家族と暮らせるのは羨ましいと話してくれた。
凛にとって家族は前世と今も遠い存在である。
前世で王族として生を受けた凛は家族だけで過ごす時間は少なく、今の両親は海外を拠点に仕事を展開しているのだから時雨がとても羨ましく思えた。
「私としては時雨と家族になれたらなって……」
「えっ、何か言いましたか?」
凛は小声で呟くと、聞き取れなかった時雨は聞き返した。
「何でもない。それより、今日のお仕事頑張りましょ」
凛は首を横に振って見せると、時雨の背中を押して担当する物販店のある場所まで来たのだった。




