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第339話 柚子の正体

 深夜の寝静まった時間を見計らって、時雨とシェーナは女風呂へ向かおうとしていた。

 この時間帯なら、温泉も人の出入りは少なく人の目を気にせず入れると思ったからだ。

 案の定、時雨とシェーナ以外は温泉に誰もいない。

 二人は気兼ねなく温泉の湯に浸かりながら、月夜の景色を眺める。


「ふぅ、静かな夜だね。こんな日は晩酌でもしたい気分だよ」


「晩酌ってシェーナは未成年だろ?」


「ははっ、向こうの異世界では問題ないからね」


 なるほど、こちらの世界を基準にして考えていたが、時雨がいた前世の世界も時雨ぐらいの年齢で飲酒は禁止されていなかった。

 酒は上司との付き合いで飲まされて以来、どうしても苦手意識がある。

 その上、元々酒が弱かったのもあってシェーナのように晩酌をしたいと願望を抱く事は皆無だ。


「私は酒で良い思い出がないからパスだな」


「へぇ、もしかして酒癖が物凄く悪かったりするのか?」


「単純に酒が弱いだけだよ」


「ああ、なるほどね。俺もそんなに酒は強くないが、いつか時雨とはどこかで一杯付き合ってもらおうかなって思ったけど、無理強いは良くないからな」


「一杯だけなら……いいよ」


 仕事の付き合いで飲む酒より、友人と飲む酒なら万倍も美味しく飲めるだろう。

 酒の席でしか話せない事もあるだろうし、悪い気はしないと時雨は思う。

 シェーナはニヤリと笑うと、上機嫌になって空を見上げる。


「そうか、俺は一杯だけって言いつつも結局はもう一杯だけと歯止めが効かなくなって酔い潰れてしまったケースがあるからな。俺としては時雨の酔い潰れた姿を少し見てみたいよ」


「おいおい、女子の酔い潰れた姿を見たいなんて悪趣味だぞ」


「時雨こそ、俺の酔い潰れた姿を少し期待しているだろ?」


「私はこれでも騎士だった身だ。そんな疚しい気持ちは……」


 ある訳ないと時雨は答えるつもりだったが、遮られる結果となってしまった。


「あら、こんな時間に入浴?」


 温泉場の扉が開かれて姿を現したのは柚子だった。

 突然の来訪者に二人は驚いてしまい、軽くパニックに陥ってしまう。


「もう十分に温まったし、そろそろ出ようかなぁ」


 シェーナが温泉から上がろうとすると、棒読みに近い演技力で一目散に脱衣場へ向かおうとする。


「私ものぼせちゃうから、そろそろ……」


 時雨もそそくさとシェーナの後に続こうとすると、柚子が二人の腕を強引に掴んで引き止める。


「あんた達は分かり易い性格ね。ほら、折角だから二人に私の背中を流してもらおうかな」


 呆れた口調で柚子が二人に背中を流すように促す。

 これには時雨も参ってしまい、こうなった柚子は絶対折れない事を姉妹である時雨はよく知っている。


「うう……分かったよ」


 渋々了承する時雨にシェーナも観念し、急遽柚子の背中を流す展開へと発展する。

 柚子とは時雨が小学校の低学年ぐらいまで一緒に入っていたが、ここ最近まで別々だった。

 凛やキャスティルを家に招いた時期になって一緒に入る機会は増えていたが、やはり血の繋がった姉妹でも前世が男だった故にドキドキしてしまう。

 柚子の背中を流しながら、時雨はポツリと呟く。


「お姉ちゃんは……やっぱり私とお風呂に入るのは嫌でしょ」


「可愛い妹とお風呂に入るのを嫌がる姉がどこの世界にいるのよ」


「だって、私は前世が男だし……今までそれをお姉ちゃんや両親に黙って生活していたんだよ。嫌われても仕方いないよ」


 柚子が時雨を大事な妹として愛してくれているのは分かっている。

 それでも、時雨の中で柚子や両親を騙していた事に罪悪感は拭えきれないでいる。

 黙ってそれを聞いているシェーナも時雨の胸中は痛いほど理解できる。

 しばらく沈黙が続くと、シャワーの流れる音が響き渡り、柚子が一呼吸置いて時雨に振り返って見せる。


「私も時雨には秘密にしている事がある。それは私の前世についてよ」


「お姉ちゃんも前世の記憶があるのは女神様達を通して分かっていたけど、無理して語らなくてもいいよ」


 柚子も前世の記憶持ちであるのは知っていたが、前世が何者だったのかは判明していない。

 カフラートとのインタビューで柚子は正体を明かしたらしいが、本人の口から時雨に喋る事を拒否しているのだから、時雨はカフラートや理恵を通じて追究する真似はしなかった。

 時雨の気遣いに柚子は俯いて答える。


「やっぱり不公平よね。時雨や皆の正体が分かっているのに、私だけ喋らないのはさ」


「お姉ちゃん、そんな事ないよ。別に喋らなきゃいけないルールもないし、本当に嫌なら喋らなくてもいいんだよ」


「お姉ちゃんか、その肩書きにいつの間にか馴れっこになっていたけど、私は時雨の……」


 柚子はそのまま時雨に抱き付くと、涙を流しながら続きの言葉を口にする。


「たった一人のお母さんだよ……」


 最後の言葉を耳にした時雨は呆然と立ち尽くしてしまう。

 これにはシェーナも目を見開いて衝撃の事実を確認すると、いつの間にかシェーナの背後にミールがタオルを巻いて立っていた。


「シェーナ君、少し私の背中を流してもらうのを手伝ってくれないかな?」


「あっ……はい、分かりました」


 ミールは時雨と柚子を察して二人っきりにしようと離れた位置で背中を流そうと提案する。

 シェーナもすぐにミールの意図を汲み取って、その場を離れて行く。


「お姉ちゃんが……私のお母さん」


 思考が追い付かない様子の時雨は確かめるように呟く事しかできなかった。

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