第338話 残される二人
最後の花火を終えると、ゴミを片付けて撤収作業に入る。
理恵も片付けの手伝いをした後は、父親の車に戻って時雨達と別れた。
施設で父親の事に触れて語った時は少々憤りのようなものを感じたが、ここへやって来た時には父親をお父さんと表現が柔和になっていた。
各々、旅館へ戻ろうとした時に時雨とシェーナがキャスティルに呼び止められた。
「ちょっと話がある。二人はここに残れ」
二人を残して他の女子達は浜辺を後にすると、時雨は胸に手を当てて呼び止められた理由を自分なりに推察し始める。
(何か気に障るような事をしたかな……)
海の家では初日を除いてその後は問題なく仕事をこなしていたし、考えられるとしたら施設でカフラートとのインタビューも包み隠さず報告した事についてお咎めがあるのだろうか。
シェーナも時雨同様に不安そうな顔色を浮かべている。
すると、シェーナは小声で時雨に語り掛ける。
「あの人を怒らせるような事をした覚えはあるか?」
「いや、ないよ。それなら私達より加奈がこの場に残ってるでしょ」
「そうだよな……」
そんな会話をする二人だが、この面子を残しているのに何か意味はある筈だ。
この二人の共通点と言えば、前世が男。
それなら、香も残されても不思議ではないが、キャスティルに呼び止められる事はなかった。
「あっ……アレかもしれない」
シェーナはハッとして声を上げると、どうやら心当たりが浮かんだようだ。
「それは?」
時雨は小さな声で訊ねると、シェーナは恥ずかしがって語るのを躊躇っている。
「誰にも言わないからさ。アレって何なの?」
アレの正体について知りたい時雨は誰にも公言しないのを条件に聞き出そうとする。
時雨の目を見て、嘘じゃないと判断するとシェーナは重い口を開く。
「実は昨日の海水浴で目のやり場に困った俺は女子達の水着姿に戸惑って、ふとその場でしゃがみ込んで青空を見上げようとしたら丁度キャスティルさんが通り掛かって飲み物を分けてくれたんだ」
満面の青空は影に支配されて、シェーナの眼前にキャスティルの胸が飛び込んだらしい。
不覚にもそれを凝視してしまったシェーナだったが、その時は何とか飲み物を受け取って軽くお礼を述べてやり過ごしたようだ。
「時雨も俺と同じような心当たりはあるんじゃないか?」
たしかに時雨も目のやり場に困ったが、シェーナのようなパプニングはなかった。
「私は別に……何もないよ。少しチラ見はしたかもしれないけど」
「多分それだと思うぜ。ミュースさんはともかく、キャスティルさんはチラ見を許してくれるタイプの女神じゃないよ」
シェーナは一人で納得すると、時雨もキャスティルの性格を考慮して分析すると妙に納得してしまう。
「たしかに、白黒ハッキリさせないと気が済まない女神様かも」
「だからさ。お小言を聞かされる前にこちらから誠意を示して謝っておこう」
シェーナは既に疑惑から確定に変わると、時雨に提案を持ち掛ける。
そうしている内に、キャスティルがスマホに似た小型の端末機を操作し終えると、二人に歩み寄って本題へ入ろうとする。
「明日には……」
「すみません! 私達は悪気があった訳じゃないんです。胸を覗いてしまったのは不可抗力の産物で私達の意思とは無関係に働いてしまっただけなんです」
キャスティルの言葉を遮って、シェーナが襟を正して謝罪とこちら側の言い分を並べる。
時雨もシェーナの後に続いて頭を下げると、キャスティルは何の事だか分からない様子だ。
「何の話をしている?」
「その……海水浴で胸をチラ見した件で謝罪を述べた次第です」
「お前らなぁ、海水浴で遊んでいたのだから視線が胸に合わさっても仕方ないだろう? それにお前等は女子なんだから、むしろ他の連中から視線を気にする立場だろうに」
弁解を聞き終えたキャスティルが呆れた口で二人を見ると、どうやら二人が考えているような展開ではなかったようだ。
明日でアルバイト期間も終えるので、先にシェーナを異世界へ戻すためにキャスティルが同行するといった内容だった。
時雨を残したのは今後、シェーナの異世界からこちらの世界を繋ぐ場所の提供として時雨の部屋をしばらく貸して欲しいとお願いするためだった。
二人は各々了承すると、顔を見合わせてホッとした。




