第334話 女将
展望台からの景観を堪能した時雨達は海沿いの歩道を散歩しながら旅館へ戻ろうとする。
「明日は一日中天気が悪いみたい。その場合は海の家も当然休業よね?」
「その場合は旅館のお手伝いをする事になっているわよ」
加奈がスマホで明日の天気を確認すると、どうやら明日は悪天候のようだ。
天候不良や止むを得ない事情で海の家を休業する場合、門倉の経営する旅館の手伝いをする事になっていると柚子は説明する。
主にチェックアウト後の部屋の清掃や厨房で皿洗い等の雑務を任されるらしい。
「旅館の女将を任される訳じゃないのね」
「そんな大役を任せる訳ないよ。それに旅館内は帽子を被って接客はできないし、女将って柄じゃないよ」
時雨は加奈に丁寧なツッコミを入れる。
海の家は支給されたTシャツの下に水着や帽子も被れたので、割と服装はそこまで気にする必要はなかった。
だが、場所が旅館ともなると身だしなみは整えないといけない。
当然、帽子を被ったまま接客業はできないだろうし、女将を務めるのは以ての外だ。
「長耳の小娘がいきなり女将を名乗って現れたら、如何わしい風俗店と勘違いされるのがオチだ」
煙草を咥えながら呆れた口調でキャスティルが容赦ないツッコミを入れると、時雨達は加奈をどっと見つめて軽く頷く。
「ちょっと! 皆、何で納得してるのよ」
「諦めて裏方の厨房で皿洗いするしかないね」
ミールが慰めの言葉を掛けると、既に皿洗いする流れになっている。
そんな中、紅葉だけは肯定派に回った。
「私は別に構わないぞ。あの長耳は愛嬌があって見る者を魅了する」
「それは紅葉先輩だけですよ……」
流石の加奈も理解者である紅葉を敬遠してしまうと、肩を落として諦めが付いたようだ。
「女将とは私のような淑女が務まる仕事さ。加奈君ももう少し大人になったら大丈夫さ」
今度はミールが豪語しながら女将の候補に名乗りを上げる。
(務まるビジョンが思い浮かばない……)
創造神の女神には失礼だが、レベル的には加奈と大差ない。
ミールの場合、海の家では見た目が外国人の美女であったため、お客も多少の言葉遣いは聞き流してくれたが、旅館の女将は荷が重すぎる。
普通にジャージ姿でフレンドリーな接客を展開するのが想像できてしまう。
「お前は旅館を潰す気か。旅館側の視点で考えたら、女神じゃなくて貧乏神や疫病神だぞ」
「そんな事はないさ。じゃあ、キャスティルが女将をやったら……一か月後に旅館が健在か疑問だよ」
「バカ言え! 何をやったら一か月で旅館が潰れるんだ」
「部下の従業員がパワハラを訴えて、それが悪評に繋がって潰れるパターンかな」
「私はパワハラなんて一度もした事ないぞ。そんなパターンはありえん」
キャスティルとミールが子供のような口論を繰り広げる。
絶対の自信を持っているキャスティルだが、ミュースが小声で「自覚がないのは恐ろしい」と逆にツッコんでしまった。




