第332話 展望台
夕刻を過ぎた頃、柚子が海を一望できる展望台があると教えてくれて足を運んでいた。
雑誌やテレビで取り上げられるぐらい有名なスポットのようで、展望台の頂上付近には人混みで溢れていた。
「結構、混み合っているわね。案の定、カップル同士の比率が多いわ」
柚子が先導して歩きながら、男女が手を繋いでいるカップルを羨ましそうに見ている。
よく考えれば、海を一望できる展望台なんてデートには打って付けの場所だ。
これ見よがしに香も周囲のカップル達に触発されて時雨の腕を組んで見せる。
「こうすれば、僕達もカップルに見えるかな」
「えっと……どうだろうね」
時雨は困惑した表情を浮かべながら、曖昧な返事で答える。
香に先を越されて、凛も負けじと時雨の空いている腕を寄せて対抗意識を燃やす。
「あらあら、両手に花ってこの事かしらね」
幼馴染と憧れの先輩の間に挟まれる状況は傍から見れば羨ましい光景かもしれない。
当人の時雨は顔を赤く染めてそれどころではない。
「少し目立って恥ずかしいかも……」
男女のカップルが多い中で、一人の女子に二人の女子が手を取り合っている姿はとても目立っている。
「青春だねぇ。童貞で処女の時雨さんには良い思い出になるでしょうよ」
遠目で加奈が溜息を付きながら、三人の楽しそうな顔を覗いている。
小声で「私も時雨とやりたかった」と少々不満そうな声を上げると、隣に紅葉が並んで加奈の腕を組んで見せる。
「紅葉先輩、急にどうしたんですか?」
「時雨の代わりとはいかないと思うが、私が相手になろう」
加奈の心情を察して、紅葉も意気揚々と歩き出す。
元貴族出身の紅葉だが、剣の腕に自信があり宮廷作法はからっきしだったのが裏目に出て、加奈と歩調が合わないでいる。
「先輩、もう少しゆっくり歩いて下さいよ」
「ああ、すまんな。この手の類はどうしても上手くいかないんだ」
紅葉は足を止めて加奈に謝ると、今度は加奈が主導権を握って前に一歩踏み出す。
「私のリズムに合わせて下さい」
「ああ、善処する」
足元に視線を集中させる紅葉だが、加奈のサポートにより足が見事に揃っている。
その勢いに任せて、加奈は紅葉の腰に手を当てて華麗なステップを披露すると、それに応えようと紅葉も自然に身体が動いて加奈を支える。
二人のちょっとした踊りは周囲の目を引いて、どよめきと共に拍手が送られる。
「あまり目立つような真似は謹んでもらいたいんだがな」
「ふふっ、皆さんが楽しそうでいいじゃありませんか」
最後尾にキャスティルとミュースが時雨達の様子を窺いながら、注意深く見守っている。
「私達も皆さんに倣って腕を組んで歩きますか?」
「ふん、そんなのは柄じゃねえよ」
「それは残念」
鼻を鳴らしてキャスティルは断りの文句を入れると、ミュースは残念そうに目を伏せてフラれてしまった。




