第328話 昼食の誘い
「早い話、軍は秘かに学校へ潜入できる人材として私を選定。知らない間に時雨達の監視役として置いていた訳よ」
「……私達のために、ごめん」
理恵が話を締め括ると、時雨はどんな言葉を掛けていいか分からず謝る事しかできなかった。
少なくとも時雨達がいなければ、理恵の家族は今でもアメリカで平穏に暮らしていた筈だ。
自分達のせいで、家族間に亀裂が走ってしまったのなら申し訳ない気持ちで理恵に合わせる顔がない。
そんな時雨に理恵は笑って答えて見せる。
「時雨が謝る必要はないわよ。むしろ感謝しているぐらいだからね」
「でも、理恵は私達やお父さんの都合に振り回されてしまった」
「それでもよ。そのおかげで日本に来れたし、時雨達と出会えたからね。父も苦渋の決断だったと思うし、軍の関係者だったら尚更上層部の意向に逆らえないよ」
気にする必要はないと理恵は割り切っているが、時雨達は複雑な心境だ。
女神の立場であるミュースは胸が張り裂けそうな思いで、理恵の話を聞いていた。
「我々の犯したミスに振り回されて本当に申し訳ありません」
ミュースは深々と頭を下げて理恵に謝罪する。
元々の原因は女神側が時雨達を転生させる際に犯したミスから始まり、記憶を継承させたまま異世界転生を果たしたのが事の発端だ。
転生に関わる部署に配属されていたミュースにとって、ここにいる面子に頭が上がらない。
「そんな謝らないで下さいよ。本当に私は全然平気ですから」
土下座までしそうな勢いのミュースに理恵は慌てた様子で引き止める。
責任感の強い女神であるのは時雨達も重々承知しているし、咎めるつもりもない。
「それより、お近付きの印に連絡先とか交換してもいいですか?」
「ええ……構いませんよ」
理恵は話題を変えてミュースと連絡先の交換を始めると、ミュースは顔を上げて快く承諾する。
そうしている内に個室に入っていたミールとキャスティルが出て来ると、最後にカフラートが戸締りをして時雨達と合流をする。
「待たせたね。話はもう済んだから、宿へ戻れるよ」
ミールが呑気な声で涼しい顔をしながら、両手を伸ばして背伸びをする。
キャスティルも横に付きながらミールに反論しないとこを見ると、どうやら本当のようだ。
「長時間のインタビューにお付き合いして頂き、ありがとうございました。お帰りの際も車をご用意しています」
カフラートが時雨達に礼を述べる。
本当に個別でインタビューをしただけで解放してくれるようだ。
加奈は用心深くカフラートの姿を注視していると、不安そうに声を上げる。
「そのまま怪しい研究所とか連行されたりしないよね? ほら、アメリカのエリア51とかさ」
「ほう……ご希望でしたら、ご案内しますよ?」
顎をしゃくりながら、カフラートは怪しい笑みを浮かべて答える。この施設の責任者でもある事から、本当に希望があれば案内されそうな雰囲気だ。
「冗談ですよ。あそこは私も許可なく立ち入りはできませんからね。ランチに美味しいパスタを提供している店ならご案内できますよ」
「それは……魅力的なお誘いですね」
そういえば、朝食は軽く済ましていたので昼食の時間帯にもなると、お腹が空いていた。
「よろしければ、この先に食堂が完備されています。昼食はこちらで召し上がっていきますか?」
「はいはーい、折角なのでお言葉に甘えさせて頂きましょう」
昼食の誘いをするカフラートにミールは皆の意見を代表して二つ返事で承諾する。
それを横目でキャスティルが「また勝手に決めやがって……」と呟いた。




