第326話 問答
「ありがとうございます。では最後に私生活で何か気になる点がありましたら教えて下さい」
「私生活ですか……」
「何でも結構ですよ。例えば時雨さんの場合だと、前世は男性だった経験もあって今の生活とかなりギャップがあるかと思います」
カフラートがペン回しをしながら具体的な例を挙げて最後の質問を繰り出す。
同級生の理恵にも前世について認知された事により、学校生活での日常は当て嵌まる事例が多々ある。
黙秘も認められているが、ここは敢えて時雨は声のトーンを小さく抑えながら、恥ずかしそうに答えて見せる。
「その……着替えとかトイレは色々と気を遣う場面があります。私は前世が騎士だった身分ですので紳士に振る舞うべきだと常に考えております」
言葉を濁しながらも納得できる回答をした時雨だが、それまで見に徹していた理恵が初めて質問に回った。
「時雨が女子高に通い出したのはスケベな下心があったからじゃないの?」
「そ……そんな事は絶対にないよ!? 今の女子高に通い出すきっかけは香ちゃんが制服の可愛い学校に私と通いたいって言ったからだよ」
「ふーん……本当かなぁ?」
時雨は声を荒げて理恵の発言を否定する。
それが逆に理恵疑心をさらに深めたようで、疑いの眼差しでこちらを窺う。
「天地神明に誓ってそんな事はないよ。神様に誓ってもいい」
すぐ隣に運命の女神様がいるが、安易に神の名を出して身の潔白をする。
その思いに応えるように、キャスティルは時雨に助け舟を差し出す。
「こいつは器用な嘘を付けるような小賢しい性格の持ち主じゃない。それは友人であるお前が一番理解しているのではないか?」
色々とひどい言われようだが、嘘が下手で実直な性格である時雨を理解してくれているキャスティルには感謝だ。
キャスティルの指摘に理恵はやれやれと言わんばかりに、意地悪な笑みを浮かべて答えて見せる。
「香がなついているぐらいだから、人間性に問題がないのは入学当初から知っていたよ。香は派手なギャルを装って高校デビューをしたのも薄々分かっていたし、時雨との距離感を観察してたら一発で恋してるって分かったよ」
加奈もそうだが、理恵も相当な観察眼の持ち主だ。
色恋沙汰の経験が鈍い時雨にとって、羨ましい能力である。
「そういう点では加奈も彼氏欲しいってぼやいているけど、アレも捻くれた性格の持ち主だからね」
「えっ、どういう事?」
時雨は首を傾げると、「さあねぇ」と答えて質問を打ち切る。
煮え切らない思いが積もりながら、カフラートは軽く咳払いをする。
「質問は以上になります。長時間お付き合いして頂き、ありがとうございました」
「こちらこそ……こんな感じでよろしかったのですか?」
「ええ、大変参考になりました。次は香さんをこちらへ来るように呼んで下さい」
「分かりました」
インタビューが終了して、カフラートは出口の扉を開けて時雨に退出を促す。
引き続き、キャスティルと理恵はそのまま残ると、時雨は個室を退出して皆が待っているテーブル席へ戻った。
次は香を個室へ来るように促すと、香は少々不安そうにしながらも黙ってそれに従って個室へ足を運ぶ。
香が個室に入室したのを確認すると、時雨は席に着いて飲みかけだったコーヒーで一息入れる。
「どうだった? 何かチップでも埋め込まれたりした?」
興味津々に加奈が長耳を揺らしながら訊ねる。
「別に質問された事を素直に回答しただけだよ。加奈が思っているような物騒な出来事はないよ」
時雨が個室でされた事を簡潔に述べると、加奈以外の女性陣達も口火を切って色々と聞いて回る。
「まあ、個室へ入ったら色々と驚くと思うよ。特に香ちゃんと加奈はね」
まさか、個室の先に同級生の理恵がいるとは夢にも思っていないだろう。
今頃は香も個室で驚いた様子が目に浮かびそうだ。
「驚くような事って何よ? 勿体ぶらないで教えなさいよぉ」
加奈は時雨の身体を揺らしながら気になる様子だ。
「個室に入れば答えが分かるよ。絶対に驚くから」
「じゃあ、私が驚かなかったら時雨に悪戯しちゃおうかなぁ」
「驚いたら、加奈はミールさんに悪戯されてもらおうかな」
加奈がイヤらしい手付きで時雨に迫ると、逆に時雨は自信満々に条件を突き返して見せる。
そこまで言われたら、意地でも驚かないと加奈は固く決心する。
しばらくして香も個室から退出して来ると、目が腫れぼったくなって涙目になっている。
「香ちゃん、大丈夫?」
「うん、平気だよ。何でもないから、次は加奈の番だよ」
にこやかに香が答えると、いつもの明るい調子が戻っている。
「じゃあ、行って来るね。時雨、約束は守りなさいよ」
加奈は再確認しながら個室の扉を開けると、扉の先にいる人物とどうやら目が合ったようで口をポカンと開けてしまっている。
どうやら、悪戯好きな女神に悪戯されるダークエルフが拝見できそうだ。




