第320話 今後の動向
「他人に化けるとは悪趣味だな。昔、複数の女神と関係を持って封印されたクソ野郎を思い出してしまう」
「意外と他人に化けるのは楽しいものだよ。普段、絶対に見せないような表情を作ったりできるからねぇ」
ミュースを抱き抱えたキャスティルの方はにんまりした表情で答える。
おそらく、彼女がキャスティルに扮した偽者だろう。
その正体は――。
「スノーを連れ出して、試しに実験をしてみたんだ。彼女は君を昔から慕っていたし、私の代役でここに来てもらった報酬の意味合いも兼ねて、キャスティルの姿を借りてポッキーゲームをやってみた」
「あいつはどうしたんだ?」
「ミュース同様に幸せを噛み締めて絶賛気絶中だ」
得意気に話す偽者はスノーとペアを組んだミールだ。
おそらく、実験と称して悪戯心に火が付いたのだろう。
二人の女神を気絶させたミールは次にキャスティルへ歩み寄ると、不敵な笑いを浮かべる。
「やれやれ、ミュースのおかげでゲームの続行は無理かな。それなら、リタイアした者を布団に移した後に真面目な話をしようか」
「……話をするなら、元の姿に戻れ。私の姿をしたまま、そのうざったい喋り方は鼻に付く」
「えっー、悪くないと思うけどなぁ。時雨君はどう思う?」
身体を無駄にくねくねさせて女子力をアピールするミールだが、キャスティルの姿をしているので新鮮な光景だ。
これなら、キャスティルを慕っているスノーの心を鷲掴みされても致し方がない。
「えーと、とりあえず元の姿に戻りましょうか。多分、そのままだと話が逸れてしまう恐れがありますので」
「そうかい?」
差し障りのない言葉を選んで時雨はミールに元の姿へ戻るように促す。
ここで肯定してしまったら、キャスティルに睨まれてしまうのは目に見えている。
かと言って、否定したらミールの機嫌を損ねて話が脱線してしまうのも安易に想像ができる。
上司の板挟みに悩まされる中間管理職のミュースや門倉の気持ちが少し分かったような気がする。
リタイアした者達を布団に移して寝かせると、香と紅葉も魔法の影響でそのまま眠ってしまった。
ミールとキャスティルがテーブルの席に着くと、遅れて時雨と凛も隣同士になって席へ着く。
「さて、話と言うのは我々女神についての今後の動向だ」
ミールが元の姿に戻って、口火を切って話を始める。
今後の動向と言うからには人間である時雨や凛が耳にしてもいい情報なのだろうか。
「それでしたら、私達は席を外した方がよろしいでしょうか?」
「君達にとっても重要な話になるだろうから、そのまま聞いていて欲しい」
凛は遠慮がちになって進言すると、ミールは真剣な眼差しで声のトーンもいつもと違う。
キャスティルも黙ったまま両手を組んで重々しい雰囲気で用件を窺う姿勢を崩さないでいる。
時雨は凛と顔を合わせて頷き、ミールの話に耳を傾ける。
「実は今日一日、私がこの場を離れたのは米軍側から連絡が入ったからだ。地上で活動する我々や異世界転生者の君達に改めて挨拶がしたいと要望があったんだよ」
「そんな要望は断れ。我々や異世界転生者については私を通して情報交換する約束を交わした筈だ」
不機嫌そうにキャスティルは突っぱねて答える。
約束を違えるのなら場合によっては、キャスティル自身が一人で抗議に向かうとまで息巻いている。
そんなキャスティルをミールは宥めながら、言葉を続ける。
「少々事態が急変してね。まあ、この件の最高責任者は私だ。私も同行して挨拶へ赴く予定だから、時雨君達には申し訳ないけど、明日のバイトは休みを取ってもらっていいかな?」
「それは……構いませんが」
創造神であるミールの頼みなら断る道理もない。
異世界転生者の肩書きを除いたら、時雨達は普通の一般人だ。
米軍の人間と接触する機会はまずないだろう。
「急で悪いね。そういう事だから、キャスティルも機嫌を直しておくれよ」
「……ふん」
キャスティルは鼻を鳴らして席を立ちあがると、そのまま自分の布団へ潜ってしまった。




