第319話 本物と偽物
容赦なくミュースが時雨に抱き付いて身動きを封じると、その勢いでミュースの着衣が乱れてしまう。
懸命に足掻いて逃れようとする時雨だが、乱れた着衣のせいでミュースを直視できず困難の壁が立ち塞がる。
「時雨さんもシェーナさん同様に初心な反応で可愛い。この際ですから、時雨さんも私ともっと親交を深める意味合いで大人になりましょうよ」
「わ……私は今のままで結構です」
「あー、何も聞こえないなぁ。よし! 大人になるって事でOKだね」
丁重にお断りの申し入れをする時雨だが、ミュースの酒癖は相当に悪い。
都合の良い解釈で自己解決するミュースに凛も少々本気を出して実力行使に打って出ようとする。
「乱暴は駄目よぉ」
凛の行動を見透かしたミュースがおっとりした声で制止する。
すると、それに呼応して香と紅葉が凛を取り押さえてしまう。
「次は凛先輩だね」
「凛、大人しくしていろ」
香と紅葉は怪しい瞳で語り出す。
香とペアを組んでいた加奈はどうやら香と紅葉の毒牙に掛かり、幸せの絶頂と共に身体を痙攣させている。
標的だった加奈が脱落し、今度は凛を標的に選ばれてしまった。
「凛先輩の肌はスベスベですね。羨ましいなぁ」
香が遠慮なく凛の身体を舐め回すように触り始める。
「か……香ちゃん、そこは駄目よ」
「ふーん、凛先輩も加奈と同じで耳が弱点か。ちょっと意地悪しちゃおうかな」
香は凛を弄ぶようにして耳に吐息を吹き掛かると、凛は思わず力が抜けてしまう。
まさか、自分にこんな弱点があったとは知らずに紅葉もさらに続けて畳み掛ける。
「紅葉、貴女まで……」
「私が認めた剣士。相手にとって不足なしだ」
凛の耳元に紅葉が舌を出すと、夢中になって凛の耳を舐め回す。
加奈も最終的に長耳を紅葉に舐め回されたのが決定打となったようで、このままでは凛も加奈と同じ運命を辿ってしまう。
時雨はミュースに、凛は香と紅葉に為す術もない状態でいると、先程洗面所に場所を移したスノーがぐったりしながらキャスティルの肩に寄せて現れた。
キャスティルは夜風に当たると言って襖の先にある客室にいる筈だが、時雨と凛は切羽詰まった状況に疑問を持たず洗面所から彼女が現れた事に助けを求める。
「これはまた……酒池肉林を体現したような状況だね」
いつものなら、怒声の一つでも飛び交うところだが、呑気に周囲を見渡すキャスティルはむしろこの状況を楽しんでいる節さえある。
「口うるさい女神様が現れちゃいましたねぇ」
ろれつが回らないミュースがお邪魔虫を見るような目でキャスティルを毛嫌いする。
今度こそ怒りの雷が落ちるだろうと思った時雨だが、予想外な展開を見せる事になってしまう。
「酔っ払っているのかい? ああ、魔法で強制的に感情を昂らせて駄目じゃないか」
注意こそしているが、優しく諭すような物言いが逆に怖い。
思い返せば、ミールが現れてからキャスティルは幾度となく怒声を響かせていた。
怒りを通り越して感情がおかしくなってしまったのだろうか。
「駄目ならどうするつもりですか?」
「うーん、そうだねぇ。こうしようかな」
挑発的な態度のミュースにキャスティルは考え込んで悩むと、信じられない行動へ移した。
余っていたポッキーをミュースに咥えさせて、それをキャスティルも咥えてポッキーゲームを始めたのだ。
軽快にポッキーを食べるキャスティルはやがてミュースの唇まで近付くと、そのまま躊躇なく唇を重なり合わせる。
紅葉とポッキーゲームをやった時と比べて義務的な感じが一切なく、キス自体を楽しんでいるように見える。
「何て情熱的な……凄いわぁ」
満足そうにその場で倒れ込んでしまうミュースをキャスティルが抱き抱える。
それと同時にミュースの魔法は解けて、香と紅葉も正気を取り戻す。
「わっ! 僕は何をしていたんだ?」
「頭が少しぼんやりするな」
二人は凛から離れて頭を抱える。
時雨と凛も解放されてお互い安堵していると、襖の先の客室から聞き覚えのある怒声が飛び込んで来た。
「さっきから、何を騒いでいる!」
キャスティルだ。
夜風に当たって気分をリフレッシュしていたキャスティルは眼前にミュースを抱き抱えているもう一人のキャスティルと目が合った。




