第314話 笑顔
気を取り直して、今度はミュースを起点に時計回りでクジを引いて最後にミールが引き終える。
「次の王様は挙手をお願いします」
門倉が先程と同じく全員を見渡しながら王様の確認をする。
時雨は中身を確認すると、今度は八番と書かれている。
「おっ、私の出番のようね」
加奈がテンションを上げて立ち上がると、どうやら次の王様は加奈のようだ。
(これは……)
時雨は正直、嫌な予感がしていた。
パターンとしては二通り考えられる。
一つは一回目のスノーと同じく自爆してミールに尻をハリセンで叩かれる。
もう一つはルールすれすれの命令を下して、悪戯する算段。
「絶対ロクな命令をしないね」
香も同じ考えだったようで半ば諦めた様子でいる。
「ちょっと! それは聞き捨てならないわね。私は皆を楽しませるエンターテイナーよ」
加奈は憤慨したように長耳をピクピク揺らす。
約一名、紅葉が揺れた長耳を物欲しそうにしているが、それ以外の者はほとんど渋い顔をしている。
「まあまあ、にこやかに参りましょう。それでは王様ご命令をどうぞ」
門倉が宥めると、気を取り直して場の雰囲気を和める。
加奈は深呼吸した後に咳払いを一回すると、静寂した客室で王様の命令を下される。
「奇数番号は一を足した偶数番号にポテチを食べさせて、十一番は王様にポテチを食べさせる」
加奈の命令にどよめきが走る。
ルール上、複数人を指名するのは違反ではない。
命令の内容も先程のスノーのような命に危険が迫るようなものではない。
「じゃあ、偶数と奇数のペアを作ってね。十一番は私の下へ来る事」
加奈は面白そうにその場を眺めている姿は王様と言うより優越感に浸った女王様だ。
とりあえず、時雨は七番のクジを引いた人物を探し始めると、すぐにその相手は見つかった。
「お前が八番か」
少々不機嫌そうにして口にしたのはキャスティルだ。
元々、この王様ゲームは乗り気ではなかった彼女にとって、ミールを合法的に命令できるかもしれないと踏んで参加を決め込んだのだ。
それ以外は当然、興味がないのは必然だ。
時雨はこれ以上、キャスティルの機嫌を損ねないように配慮して一礼する。
「お……お手柔らかにお願いします」
「ポテチを食べさせるだけなのに、大げさな奴だな」
たしかにキャスティルの言う通りなのだが、そんな時雨の心情を知らずにキャスティルはコンビニ袋からポテチを手にする。
「こらこら、そんな怖い顔で食べさせる奴があるか。彼もにこやかにやろうと言ったばかりじゃないか」
ミールは強引に割って入ると、キャスティルの両頬をつねって無理矢理笑顔を作り出そうとする。
当たり前だが、そんな事をされて黙っている運命の女神ではない。
「その手を放せ! 私は元々、こんな顔なんだ」
「ふぅん……それは嘘だねぇ。シェーナ君、君は彼女が満面な笑みの姿を見た事あるだろう?」
キャスティルはミールを振り払うと、ミールはペアの相手であるシェーナに声を掛ける。
すると、シェーナは思い当たる節があるようでハッとなる。
「それを記録したのがこれだよ」
ミールが指を鳴らすと、部屋は突然暗くなり唐突に映像が流れ始める。
白いフードに身を包み、激しい取っ組み合いをしている彼女の顔はキャスティルだ。
どうやら、この映像はキャスティルが警告と称して米軍を襲撃した時のようだ。
まるで好敵手に巡り合わせたかのような喜びに満ちたキャスティルと取っ組み合いをしている者はモザイクが施されて特定できないが、相手は米軍の軍人らしい。
「すげぇ……キャスティルの姉貴があんな嬉しそうな顔しているのは初めて見ましたよ」
スノーが感心したように映像を見惚れていると、客室の照明が元に戻る。
たしかに今までにない笑顔ではあったが、あの顔でポテチを食べさせてくるのを想像したらそれはそれで怖いと時雨は思う。
「……知るかよ。ほら、さっさと食べさせるぞ」
キャスティルは無造作にポテチを取り出すと、時雨に食べさせようとする。
「やれやれ……じゃあ、最終手段だ」
素直になりきれないキャスティルにミールは原始的な方法を取る。
器用に腰や脇に手を滑らせて、くすぐり始めたのだ。
「ふっ……おい! この腐れ女神、ガキみたいな真似は……くっ、止めろ」
信じられない事だが、キャスティルの表情筋が緩んでいる。
「お茶目さんだなぁ。本当は嬉しいくせに」
「そんな訳……あるか!」
ミールを振り払おうとするが、くすぐられているのもあって思うように力が入らないようだ。
とりあえず、時雨はそんな二人のやり取りを見ながらキャスティルのポテチを口にして無事に王様の命令を遂行したのであった。




