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第310話 散歩

 楽しい海の時間はあっという間に過ぎて日が暮れると、時雨達は旅館に戻っていた。

 海を存分に堪能した一行は夕食まで時間もあるので、大半の女性陣達は露天風呂へ直行する

 時雨は少し風に当たりたいからと適当な理由を付けて外に散歩へ出かけると、シェーナもそれに便乗する。

 海沿いの国道沿いから人通りの少ない寂れた旧道を歩いていると、周囲に誰もいないのを確認してシェーナは口を開く。


「まさか、女子達と海で遊べるなんて前世の俺では考えられない夢のような時間だったよ」


「ははっ、大げさだなぁ」


 時雨は冗談交じりでシェーナに笑いかける。

 お互いは前世で女性とは縁がなかった男同士。

 腹を割って話せる数少ない友人だ。

 今のシェーナの容姿なら、確実にナンパされる側の美女なのだが、彼女の口から冴えない男子高校生を彷彿とさせる。


「いや、本当だって。俺が女子高生と海で遊ぶなんてハードルが高すぎだよ」


「まあ、その気持ちは私にも分からなくはないよ。私も女性関係は乏しかったからね」


 興奮気味にシェーナが語ると、時雨も頷きながら耳を傾ける。

 傍から見れば、奇妙な会話を展開しているとしか思えないが、人気のない旧道を選んで正解だったようだ。


「ここだけの話だけど、時雨はあのメンバーの中で誰が好きなの?」


「えっ……急にどうしたんだよ」


 唐突にシェーナは答え難い質問をシェーナにぶつけると、時雨は困惑した表情を浮かべてしまう。

 皆好きだよと答えたいところだが、意味合いが違うのは理解している。

 返答に困っている時雨を他所にシェーナは遠い空を見上げながらポツリと呟く。


「俺は好きな人に告白するまで、結構時間をかけてしまってね。今はその人と異世界で一緒に店を切り盛りしているけど、告白するまで煮え切らない気持ちで正直一杯だった。フラれてしまい、それまで築いていた関係が壊れてしまうかもしれないと心の奥底で恐怖していた自分がいたのさ」


 シェーナの体験談は時雨にとって身に染みて理解できる。

 前世なら紅葉一択たったのだろうが、転生後は正直一人に絞り込むのは困難である。

 それだけ、時雨の周囲にいる女性陣達は魅力的なのだ。


「なるほど、とても参考になったよ。今は誰が好きなのかは何とも言えないけど、ゆっくり考え抜いて答えを出すよ」


 時雨は一歩歩み出すと、気持ちの良いそよ風が舞い込む。

 シェーナも後に続いて時雨と肩を並べる。


「影ながら応援しているよ。まあ、フラれたら俺が愚痴を聞いて慰めてやるからさ」


「そうならない事を祈るよ」


 二人は顔を突き合わせながら可笑しくなって笑い出すと、暫しの散歩に興じた。

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