第31話 風呂②
二人は湯船に浸かりながら、今日一日の疲労が癒されていく。
「時雨、タオルで目を隠さなくてもいいじゃない」
時雨は目の部分にタオルを当てて、視界を最小限に抑えていると、凛は呆れてタオルを取り上げようとする。
「転生して身体は女性でも、私は騎士道を捨てた訳じゃありません。ましてや、私の前世を知っている先輩なら、当然の処置です」
毅然とした態度で正論を並べて、凛を説き伏せる。
目にタオルを当てた状態であるので、凛の表情を確認する事はできないが、きっと理解してくれただろう。
時雨の肩に凛が寄り添うと、一瞬ドキッとして何が起こったのか分からずに頭が真っ白になった。
「時雨の傍にいると温かくて安心するね」
「それは……お風呂に入っていますからね」
「もう、そんな物理的な事じゃないわ。デリカシーのない騎士様ね」
凛は機嫌を損ねると、申し訳ありませんと謝ろうとした時雨の不意を突いて、目に当てていたタオルを取り上げてしまった。
視界が正常に戻ると、時雨は身を縮めて黄色い悲鳴を上げる。
「わっ! 先輩、止めて下さい。見えちゃうじゃないですか」
「ふふっ、その反応は凄く可愛くていいわ。それだけでも、見られる価値が十分あると思うわよ」
「からかわないで下さいよ。タオルを返してくれないなら、このまま先に失礼しますね」
凛は意地悪そうな笑みを浮かべると、時雨は目を瞑って風呂から上がろうとする。
空間的な位置は大体掴んでいるので、手探りで出入口の開閉扉を探し当てると、近くで何か落下する音が聞こえた。
「あっ、ちょっと止まって」
「その手には乗りませんよ。驚かせて目を開けさせようと企んでたりしても絶対開けませんからね」
時雨は凛の制止を無視して一歩踏み出すと、足にぬるっとした固形物の感触が伝わる。
それが石鹸であると気付いた時にはバランスを崩して盛大に転びそうになると、凛が咄嗟に受け止めてお姫様抱っこされる形となった。
「ふう、危なかったわ。怪我はない?」
「ええ……大丈夫です」
時雨は目を開けて凛に礼を言うと、今の状況を再確認して恥ずかしそうに顔を赤くしてしまう。
「違うんですよ!? 私は足元に石鹸があるのを知らなかったので誤解しないで下さい」
「あはは、こんなやり取りをしていると前世の昔に戻ったみたい」
凛は可笑しそうに笑うと、時雨をゆっくり下ろした。
慌てて凛から離れると、すぐさま開閉扉に手を掛けて、時雨は脱衣場の隅で凛が用意してくれたパジャマに着替えた。




