第308話 スイカ割り
ビーチバレーも一段落すると、加奈は両手でスイカを抱き抱えながら時雨達の前に現れる。
「さあさあ、夏と言えばこいつの出番よ」
そういえば、今年はまだ食べていなかったなと時雨は目の前にあるスイカを見ながら振り返る。
「海の家から、包丁を借りて来るよ」
時雨はスイカを切り分けて食べる準備をしようとした時、加奈はそれを引き止める。
「こらこら、普通に切り分けてどうするのよ。楽しいイベントをやらないつもり?」
「またトラブルを引き起こすような事は御免だよ」
加奈の提案する楽しいイベントに対して、時雨は警戒感を示してしまう。
加奈の場合、イベントを実施してスイカがなくなりましたとなる場合もありそうなので、正直、普通に切り分けて美味しく食べたいのが時雨の本音だ。
「トラブルは皆次第よ。さあ、これを大人しく付けなさい」
加奈は白い布切れを取り出すと、それを時雨の両目に巻き付けて視界を封じる。
「ちょっと、そんな事したら前が見えないよ」
「見えなくていいの。よし、これを持って」
時雨の手に固い棒のような物を握らされると、ここでやっと時雨は加奈の意図に気付いた。
(スイカ割りか)
なるほど、夏の海ならではのイベントだ。
スイカの再配置が完了すると、楽しいスイカ割りの始まりだ。
自慢ではないが、時雨は前世から人や物の気配の察知には自信がある。
基本的な体力こそ並の女子高生と変わらないが、力量を測る眼と勘は衰えていない。
「時雨、もう少し右よ」
「いやいや、もう少し左寄りよ」
皆のアドバイスを聞き入れながら慎重に距離を詰め寄って行く。
ここでカッコよくスイカを真っ二つに割る事が出来たら、ちょっとしたヒーロー気分になれるかもしれない。
そんな子供っぽい欲が時雨の中で芽生えると、これまでにない集中力でスイカの気配を探知する。
時雨は立ち止まり、握っていた棒を両手で頭上に高く振りかざす。
(やれるぞ)
勝利を確信した瞬間、時雨の横で加奈が心を揺さぶる一言。
「香、あんた水着の紐が解けているわよ。これじゃあ、おっぱいが丸見えね」
悲しいかな、その言葉に時雨は無意識に反応してしまい握っていた棒が勢い余ってすっぽ抜けてしまった。
「僕の水着は解けていないよ」
「あら、私の気のせいだったみたい」
加奈の意地悪な声に時雨はやられたとその場で膝を付いてしまう。
文句を言いたいところだが、失敗した理由を突かれてからかわれるのがオチなので薮蛇になるのは目に見えていた。
時雨は目隠しを外して項垂れていると、シェーナが慰めの言葉を掛けてくれた。
「どんまい。俺も時雨と同じ立場だったら失敗してたよ」
「うう……そんな風に言ってくれるのはシェーナぐらいだよ」
お互い、前世が冴えない男だった者同士。
ヒーローにはなれなかったが、二人の友情が固く結ばれる結果になったのだった。




