第307話 聖女
加奈がビーチバレーをしようと提案し、その試合中に時雨はビーチボールが顔面に当たって負傷してしまう。
怪我自体は大したことはなかったが、すぐにシェーナが治療を施してくれてパラソルの下でシートを敷いて時雨はぼんやり女性陣達のビーチバレーを見学に回る事にした。
時雨以外は割と運動神経の良いメンバーで構成されているので、見応えがある試合内容だ。
「災難でしたね」
時雨の傍にミュースが隣に座ると、一緒に見学へ回る。
「ミュースさんはやらないのですか?」
「私は運動神経が苦手な方なので、スポーツは観戦する側で楽しむ事が多いんですよ」
それは意外だなと時雨は思う。
女神は少なくとも心技体に精通した超人的なイメージがあったからだ。
「キャスティルやスノー様のような女神はごく一部ですよ。彼女達は女神に登用される前は漫画やアニメに登場するような人類を救った英雄や勇者と称えられた者達です」
「ミュースさんもそうなのではありませんか?」
「私は……人々から聖女と持て余されていました」
ミュースは言葉を濁しながら、自身の境遇を語ってくれた。
元々、別世界で貴族出身だったミュースは家を飛び出して教会で神官の道を選んだそうだ。
戦争で人々の心は疲弊し、平和に祈りを捧げたい。
そんな細やかな願いから、ミュースは各地の紛争地に出向いて兵士達の治療に当たり布教活動をしていたそうだ。
その甲斐あって、数年後にはミュースの献身的な務めは教会の上層部に評価されて特別に聖女の称号を得たのだ。
「素晴らしいですね。ミュースさんの積み重ねた努力が報われた結果だと思いますよ」
時雨はミュースの善行を称えるが、彼女はどこか虚ろである。
時雨も騎士として人々から称えられるような称号を夢見ていた事もあるので、ミュースが羨ましいとさえ思えた。
しかし、ミュースの口から聖女と持て余されたと聞いてから、本人は不満があったように感じ取れる。
「聖女なんて……そんな称号が欲しいために働いていた訳ではありません。人々に笑顔ある世界であるならば、それでよかったのです」
教会はミュースを聖女として担がれると、今までの生活が激変した。
移動が制限され、手当てを希望する者に治療が施せなくなったのだ。
それだけには止まらず、一部の聖職者は聖女のブランドを傘に各地からお布施を頂戴し、私腹を肥やしている者も現れる始末。
次第に人々から聖女の評判は地に落ちて、挙句には私腹を肥やしていた聖職者達に罪を擦り付けられて嵌められてしまった。
反論する暇もないまま、教会側は威厳を保つために聖女を処刑する事が決定された。
刑が執行される前日、ミュースは独房でいつものように神に祈りを捧げていたらしい。
決して、自身を嵌めた聖職者達や何も知らない人々を恨むわけでもなければ、神を憎むつもりもない。
ミュースは命が尽きる最期の日まで世の人々の安寧を祈り続ける。
その覚悟が神の耳に届いたようで、ミュースは光に包まれて女神と対面を果たしたらしい。
壮大な話だが、時雨はミュースの話に夢中になって耳を傾ける。
そして、対面した女神の名をミュースは告げる。
「当時、人事担当の責任者だったキャスティルだったのですよ。私は用意されたパイプ椅子に座らされて、彼女は煙草を咥えたまま圧迫面接が始まりました」
女神と対面なのだから、ファンタジーなやり取りを予想していたが、ミュースの話だと企業の面接に近い状態だったようだ。
対面の結果、合格が言い渡されるとミュースは聖女から女神に転身を遂げて現在に至る。
「女神になってから、世界が一変しました。聖女だったあの頃は狭い視野でしか物事が見れませんでしたが、今は色々な物に触れて見聞を広める事ができました。そういう意味では私を登用してくれたキャスティルに感謝しています」
ミュースは空を眺めながら小さく祈る。
少々離れたところのパラソルで小さくくしゃみをするキャスティルを見て、スノーは心配そうに声を掛ける。
「風邪ですか?」
「どうせ誰かが私の噂でもしているのだろ」
「キャスティルの姉貴は魅力的な女性ですからね。モテる女は羨ましい」
「そんな気の利いた噂ならいいんだがな」
キャスティルは自販機で買った缶ビールを口にしながら、ミュースのいるパラソルへ目をやると「ふん」と小さく鼻を鳴らした。




